「愛」と「憎しみ」、このうち「愛」の方はタカラヅカでしばしば描かれる定番のテーマだが、「冬霞の巴里」は「憎しみ」の方に斬り込んだ異色作で、ギリシャ悲劇「オレステイア」をモチーフにしている。作・演出は指田珠子。2019年のデビュー作「龍の宮物語」に続く2作目となる。
時は19世紀末、貧困にあえぐ民衆の不満が募り、無政府主義者が暗躍する不穏な空気のパリに、オクターヴ(永久輝せあ)とアンブル(星空美咲)の姉弟が戻ってきた。2人の目的は、父オーギュスト(和海しょう)の死の真相を究明し、復讐を果たすことだった。父の殺害の首謀者と思われる叔父ギョーム(飛龍つかさ)は、姉弟の母クロエ(紫門ゆりや)と結婚し、警視総監の地位に上り詰めていた。
オクターヴが潜伏することに決めたアパートにはヴァランタン(聖乃あすか)という謎めいた男がおり、オクターヴを扇動する。姉アンブルはその美貌を武器に、父の殺害に関わったと思われる大資産家ブノア(峰果とわ)に近付くが、オクターヴは心穏やかではない。
復讐の鬼に化そうとするオクターヴだが、一家に隠された秘密が次第に明らかになっていくにつれ、その心は揺れ動く。そして、無政府主義者たちの怒りも頂点に達していく。オクターヴの私怨の物語に、無政府主義者たちの世の中への怨みの発動を重ねて描いている。
主人公オクターヴに挑む永久輝せあは入団13年目を迎える男役スターだ。2011年に入団してから雪組に配属、2020年に花組に組替えした。芝居心に定評のある正統派だが、「アウグストゥス」における敵役ブルートゥス、「巡礼の年」 における女役ジョルジュ・サンド、「鴛鴦歌合戦」におけるコミカルな峰沢丹波守などで新境地も見せている。
本作で永久輝が演じるオクターヴは、本来ならごく平凡な幸せを得られたかも知れない青年が、憎しみの渦の中に放り込まれ、復讐を誓いながらも揺れ動く役だ。「心のままに生きる」べきなのか、「本心に従うと命取りになる」のか?そもそも「本心」とは何なのか?そして「憎しみ」は果たして本心なのだろうか?...きめ細やかな感情表現を求められる役どころが、永久輝によく似合う。
どの役も一筋縄では行かず手強いが、花組の若手メンバーが真摯に向き合い健闘していた。
ヴァランタンを演じる聖乃あすかが、華やかでノーブルなイメージから一皮むけたところを見せる。ギョームを演じる飛龍つかさの温かい持ち味が「この人は本来は良き父であり、良き夫でもある」ことを思い起こさせてくれて作品の救いになっている。女として母として多面的な顔を見せるクロエ役を、月組から専科へ移ったばかりの紫門ゆりやがしなやかに演じてみせた。
一筋の希望の光としてラストシーンで存在感を示すのが、ミッシェル(希波らいと)とその婚約者エルミーヌ(愛蘭みこ)のカップルだ。
どんな醜悪な事件も「パリではよくあること」と笑い飛ばす、オクターヴの下宿の面々たちが逞しい。「何も終わらないし、何も始まらない」まま虚しく時が過ぎてゆく。そんな世紀末のパリから漂う虚しさとユーモア、それがこの作品の根底に流れるテーマのように思う。
文=中本千晶
放送情報【スカパー!】
冬霞の巴里('22年花組・ドラマシティ・千秋楽)
放送日時:12月1日(金)18:00~
放送チャンネル:TAKARAZUKA SKY STAGE
※放送スケジュールは変更になる場合があります
詳しくはこちら