第70回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品され国内外で大きな話題を呼んだ黒沢清監督作「散歩する侵略者」(2017年)のアナザーストーリーとして製作された「予兆 散歩する侵略者 劇場版」(2017年)。「散歩する侵略者」と同じ世界観の下で起きた出来事を夏帆と染谷将太演じる1組の夫婦を中心に描いている。
「家に幽霊がいる」と告白していきた同僚を心療内科へ連れて行った悦子(夏帆)は、"家族"という「概念」が欠落しているという診察結果に驚く。家に帰った悦子は夫の辰雄(染谷)にその結果と病院で出会った新任の外科医・真壁(東出昌大)に違和感を抱いたことを伝えるが、素っ気ない振りをされ得体の知れない不安を抱くように。次第に周囲で異変が起き、辰雄が精神を追い詰められていくのを見た悦子は、真壁に原因があると感じ対面。すると彼から「地球を侵略しに来た」と予想もしないことを告げられる。
宇宙から来た侵略者に対峙する悦子を演じたのは、確かな演技力を持ち合わせ映画・ドラマで引っ張りだこの夏帆。子役から注目を集め、16歳で初主演を務めた映画「天然コケコッコー」(2007年)では第31回日本アカデミー賞新人俳優賞はじめ数々の賞を受賞し、一気に実力派女優に。透明感あふれる役からコメディー色の強い役までなんでもこなし、見るものを魅了している。
本作の悦子は一見、どこにでもいる女性だが、辰雄や同僚ら愛する者のために人間の「概念」を奪う侵略者に対して立ち向かう。最初は不安を感じ怯えている普通の女性なのだが、次第に凛とした表情を見せ、弱々しいのにどこか頼もしい存在に。相反する表情を夏帆はサラリと表現し、見るものに彼女の心理的変化を違和感なく伝えている。
そんな悦子の夫であり侵略者に振り回される辰雄を演じたのが染谷。夏帆同様、子役でデビューした彼は着実にキャリアを重ね、2011年に映画「ヒミズ」で第68回ヴェネツィア国際映画祭の最優秀新人賞にあたるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞するなど、日本を代表する存在に。
辰雄は真壁に巻き込まれながらも、ボーッと何を考えているか分からない彼の表情を見ていると、侵略者ではないか?とミスリードしてしまうほどミステリアス。しかし次第に真壁に使われることに苦悩し、感情が破綻していく。その過程があくまでも自然で、追い詰められていく心の動きが感じ取れる。染谷らしいリアルな演技をこの作品でも観ることができる。
SF作品のため、あり得ないことが起きたり次々と人が倒れたりする作品なのに、どこか日常を切り取ったようなナチュラルさが垣間見られる本作。そこにはどんなドラマティックな世界さえも日常と地続きのように見せる夏帆と染谷の演技があるからこそ。
どんな役でも飄々と演じる2人は、「ブラッシュアップライフ」(2023年、日本テレビ系)や映画「違国日記」(2024年)でも共演。何度転生しても多くの人に愛される同級生や自由気ままなミュージシャン、主人公のことを支える同級生や空気が読めない弁護士など、本作とは違った顔を見せながらも、作品の中で生きるキャラクターをリアルに演じている。
これからもさまざまな作品で私たちを魅了してくるだろう2人の確かな演技を本作で味わってほしい。
文=玉置晴子
放送情報【スカパー!】
予兆 散歩する侵略者 劇場版
放送日時:7月12日(金)11:00~
放送チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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