脚本というのは映像作品において最も重要なもののひとつだろう。
昨今、マンガや小説が原作となっている作品は数多いが、どこを映像として切り抜くかは脚本家のセンスとなる。脚本がどのようなものになっているかで、ドラマや映画の評価は180度変わるだろう。
エンタメ作品好きの人であれば、脚本家を見てその作品を視聴するかどうかを決めるという人も少なくないかと思うが、そうした"玄人"におすすめしたいのがオムニバス長編映画『アット・ザ・ベンチ』だ。
監督は、実写版『秒速5センチメートル』や、米津玄師・星野源・サカナクションらのMV監督を務めたことでも知られる奥山由之。人々の何気ない日常を切り取った作品は全5編となっており、『silent』や『海のはじまり』でおなじみの生方美久やダウ90000主宰の蓮見翔ら今をときめく脚本家が担当している。
物語のすべてが川沿いの芝生にぽつんとたたずむ小さなベンチが舞台となっており、場面転換もない。それでも、飽きずにずっと見ていられるのはそれぞれの脚本家の個性が色濃く出ているからだろう。
例えば、生方が担当したのは第1編と第5編だが、日常のあるあるを彼女らしいセリフとして落とし込んでいる。「いなくなっちゃって寂しいって思えることは嬉しい。ドラマとかアニメとか最終回が来るのが寂しければ寂しいほど面白かったってことだもん」という言葉は日常の一コマだが、「好きとか大事とかからはちょっと目をそらすくらいがちょうどいいんだよ」とさらに発想をひとつ前に進めるのは、優しい物語を紡いできた彼女らしい温かい目線だ。また、第1編と第5編では、久々に再会した幼なじみの男女が座って会話をかわすが、徐々に互いの空気感を思い出し、その関係性が進展していく姿も愛おしい。
一方、コント集団ダウ90000を率いる蓮見翔の会話だけで笑える演劇を作る技術はさすがだ。ダウ90000のネタでは、おそらく蓮見が日々の生活の中で感じている日常の小さな引っ掛かりにフォーカスしている。ダウ90000のコントは8人であることも起因し、展開していくところに面白さがあるのだが、今回の第2編ではそうした"展開"は最小限に抑えられているように思う。
別れ話をするカップルとそこに割り込むおじさんというテーマの中で、描かれるのは「些細なこと」だ。「バイク乗らないのにバイク乗りみたいな格好」、「飲み物を口つけて飲まない」など、彼女が彼氏に指摘する点は本当に些細なことだが、実際の世界にいたらちょっとだけ気になってしまう。そんな違和感を会話劇という形で落とし込み、わかるわかると頷かせながらふふっと笑ってしまうようなやり取りは、蓮見だからこそ書ける脚本だろう。
『アット・ザ・ベンチ』では、広瀬すずに今田美桜、神木隆之介らドラマや映画で主演を務める一線級の俳優陣が集まっている。彼ら・彼女らの技量については今さら言うまでもないが、個人的にうなってしまったのが仲野太賀の演技だ。
コメディ作品から朝ドラ、芸人から医者の役までをこなし、今や日本を代表する俳優となった仲野太賀。本作では、主人公の幼なじみ役だったが、その空気感は最高だった。軽口をたたいて、時にはツッコみながら距離を詰めたかと思えば、急に遠い目をして真面目な話もできる。気の置けない友人として彼以上の存在はいないのではないだろうか。
また、仲野と言えば笑いながらのセリフが印象的だ。ニコニコしながら、時には吹き出しながら喋る姿はあまりに自然で、仲野が俳優であることすら忘れさせる。仲野が演じることによって、その役の輪郭はより明瞭となり、等身大の一人の男性としてとてつもないリアリティを帯びてくるのだ。
そんな自主制作映画『アット・ザ・ベンチ』は11月15日から公開されることが決定。監督、脚本、俳優、どこから見ても楽しむことができ、誰かに勧めたくなる良作となっている。
文=まっつ
映画情報
映画『アット・ザ・ベンチ』
2024年11月15日(金)公開
テアトル新宿、109シネマズ二子玉川、テアトル梅田ほかにて全国ロードショー
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