貫地谷しほりのコミカルとシリアスの絶妙な塩梅の芝居で紡ぐ、笑って泣ける人生物語「連続テレビ小説 ちりとてちん」

俳優

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昨年、第1子を出産し、母親となって人生の新たなステージに進んだ貫地谷しほり。「実生活で母親を経験した彼女の演技が今後どう変化していくのか」と期待してしまう反面、「彼女の演技においては、そこまでの変化は起こらないのではないか」とも思ってしまう。それほどまでに完成度の高い俳優の一人だ。

貫地谷といえば2002年の映画「修羅の群れ」でデビュー後、2004年の映画「スウィングガールズ」で注目を浴び、その後、映画、ドラマ、舞台など広い分野で多くの作品に出演し、持ち前の演技力で多くの人を楽しませてきた。そんな彼女の代表作の1つに挙げられるのが、連続テレビ小説「ちりとてちん」(2007~2008年、NHK総合ほか)だろう。

■朝ドラでは珍しかった"負け組"ヒロイン

貫地谷しほりは男だらけの落語社会に飛び込む
貫地谷しほりは男だらけの落語社会に飛び込む"負け組"ヒロインを愛嬌たっぷりに演じた

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同ドラマは、「連続テレビ小説」第77作で、貫地谷演じる福井・小浜で育った、心配性でネガティブ思考の和田喜代美が、大阪で上方落語と出合い、落語家となって自分の人生を輝かせていくさまを描いた笑いあり涙ありの人情コメディーなのだが、ヒロインがいわゆる"負け組"なところが特徴。

物語は、小学生の喜代美(桑島真里乃)が家族で福井・鯖江から小浜に引っ越してくるところから始まるのだが、転校先に同姓同名の和田清海(佐藤初)がいたことで人生の暗黒劇が開幕してしまう。というのも、清海は才色兼備で性格も良く、学校中の人気者で優しい上、社長令嬢という非の打ち所がない人物で、そんな清海と同じ名前であるが故に喜代美としては意識せずにはいられないのだが、どこを切り取っても上を行かれてしまう存在であるため、どうしても劣等感が堆積していってしまう。

しかも、「分かりにくいから」という理由で「A子」と「B子」というあだ名になってしまい、清海がまぶし過ぎるあまり喜代美自ら「B」で呼ばれることを選んでしまうほど。高校まで同じ学校で、約10年間を清海の陰のように生きてきた喜代美は、注目を浴びることに憧れはありつつも、「私なんて」とすぐに諦めてしまうネガティブな人格が形成されていく。しかも、要領が悪い上、やることなすことうまくいかず、不運でタイミングも悪いという、まさに"負け組"なキャラクターなのだ。

■貫地谷がコミカルとシリアスを絶妙な塩梅で演じる

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"朝ドラ"のヒロインといえば、「明るく前向きで、どんな困難にもめげず、ポジティブ思考で乗り越えていく」というキャラクターが多い中、喜代美は極めて異例のヒロイン像といえる。1話15分という短い時間の中で、薄幸なキャラクターでありながら、朝8時台という時間帯の番組の色にもふさわしい明るいイメージに見せるのはなかなかハードルが高いからこそ少ないのだろうが、この作品はそのハードルをしっかりと超えているところが素晴らしい。

それはひとえに貫地谷の演技力の賜物といえる。大局としては、これまでの薄幸な人生が落語家になってから武器となり、笑顔あふれる人生に変化していくという"痛快な人生逆転劇"が紡がれていくのだが、その中で喜代美はさまざまな困難や苦悩、葛藤と向き合い、悩みながら、時に流されながら、決断して、失敗して、落胆して...という"負け組"としてメンタル的になかなかハードな道を歩んでいく。

そんなハードモードな人生が描かれる中で、貫地谷のコメディエンヌっぷりが、常に喜代美をライトに見せて救っているため、観ている側も落ち込み過ぎることなく、エンタメとして観ることができるのだ。

しかも、このコメディエンヌっぷりに関しても、"とぼけたキャラクターを演じる"というタイプではなく、"一生懸命生きているだけなのに不運に見舞われて観る者をクスリとさせる"というタイプで、ただ演じただけでは出せない深みのある"それ"なのだ。"それ"を貫地谷はどう表現しているのかに着目すると、コミカルとシリアスの間を絶妙な塩梅でバランスを取りながら演じていることが分かる。だからこそ、喜代美の一挙手一投足に"笑って、泣ける"のだ。

喜代美の落語の師匠役として共演した渡瀬恒彦から「女優になるために生まれたような子」と絶賛されたこともうなずける彼女の演技力を、ぜひ堪能していただきたい。

文=原田健

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放送情報【スカパー!】

連続テレビ小説 ちりとてちん 総集編
放送日時:2025年10月26日(日)7:30~
放送チャンネル:チャンネル銀河 歴史ドラマ・サスペンス・日本のうた
出演:貫地谷しほり、和久井映見、松重豊、渡瀬恒彦、青木崇高、佐藤めぐみ、江波杏子
※放送スケジュールは変更になる場合があります。

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