「義経妖狐夢幻桜」と聞くと、文楽や歌舞伎でおなじみの「義経千本桜」を思い出す人も多いと思うが、本作のテイストはロックな現代風で、演出家・谷貴矢の2作目となる意欲作だ。
兄に追われ、山の奥深くに迷い込んだヨシツネ(朝美絢)は、キツネの少女・ツネ(星南のぞみ)と出会い、近くの村に案内される。そこには、山奥の村とは思えないような地上の楽園が広がっていた。さらに、ヨシツネを追ってきたヨリトモ(永久輝せあ)の一行までが、その村に誘い込まれる。幻想的な村の正体と、再会した兄弟の対決の結末が気になるストーリーだ。
「日本によく似た国の、よく似た人々によるおとぎ話」というコンセプトだが、源義経をモデルとしていることは明らかだろう。そして、舞台となっているのはおそらく桜で有名な吉野の里である。史実をベースにしているようでもあるが、キツネがヨシツネを導くところなどは「義経千本桜」を思い出させる。史実や古典をさりげなく踏まえつつ、新たに構成された斬新な物語となっている。
戦の天才であり、それ故に兄に疎まれた義経は昔から日本人に愛されてきたキャラクターであり、歌舞伎をはじめ、さまざまな作品に登場してきただけに、役者を選ぶ。外見は美しく、小柄で華奢な方がいい。華は欲しいが、そこはかとない悲哀も漂わせてほしいなど、要望ばかりが思い浮かぶ役どころだが、この作品を観ると朝美絢はまさにヨシツネ役にピッタリだと感じさせられる。
弟と対立する頼朝は、判官びいきの日本人にとっては憎まれ役の兄だが、この作品のヨリトモはどこか抜けたところもある、愛すべき存在として描かれている。部下であるヒロモト(諏訪さき)、ヨシモリ(陽向春輝)、カゲトキ(橘幸)らとのチームワークも、どこかおぼつかなくて笑ってしまう。結局、部下に頭が上がらない様は「こういう上司、いるよね」と、親近感さえ覚えるが、この関係性は現実の、後に北条氏に乗っ取られてしまう鎌倉幕府の運命を暗示しているかのようでもある。
他の登場人物も濃いキャラクターばかりで目が離せない。実力派が多い雪組の若手が本領を発揮する。一般的なコワモテの大男のイメージと少し違う、ユーモラスでフレンドリーなベンケイ(真那春人)、その迫力で夫を尻に敷く恐妻のマサコ(野々花ひまり)、素朴でたくましい若者・ヤスヒラ(縣千)、ヨシツネをやけに歓待するホウオウ(英真なおき)。それぞれ弁慶、北条政子、藤原泰衡、後白河法皇がモデルであろう。そして、物語の鍵を握るのが謎の僧・エイサイ(久城あす)だ。メガネが新鮮で、風貌からして怪し過ぎる。鎌倉時代に臨済宗を開いた僧、栄西を連想させる存在だ。
気になる結末は、ヨリトモとヨシツネ双方に未来を感じさせるものになっている。他のホールに比べて小規模な宝塚バウホールのみでの上演であり、なかなかチケットが取れない人気作なので見逃してしまった人にとっては待望の放送となる。また、史実を踏まえた仕掛けが多く施された作品なので、一度観た人にも新たな発見があるかもしれない。
文=中本千晶
宝塚歌劇の名作舞台のコラムはこちらから↓↓
放送情報
『義経妖狐夢幻桜』('18年雪組・バウ・千秋楽)
放送日時:2018年10月14日(日)21:00~
チャンネル:TAKARAZUKA SKY STAGE
※放送スケジュールは変更になる場合がございます。
詳しくはこちら