芥川龍之介の「藪の中」という小説をご存じだろうか。複数の人物が藪の中の遺体について証言していくという内容だが、それぞれ言っていることが食い違う。読み進むたびに真実がわからなくなる奇妙な物語だ。
国内外を問わず映画の題材となり、かの黒澤明の映画『羅生門』も「藪の中」と「羅生門」を原作としている。2009年に公開されたスタイリッシュ時代劇『TAJOMARU』も、物語に出てくる女好きの盗賊・多襄丸を題材にしたオリジナルストーリーの映画だ。
■「花より男子」『クローズZERO』などでノリにノッていた小栗旬
主人公の畠山直光を演じるのは小栗旬。直光は兄の信綱、また大納言家の娘の許嫁・阿古とともに、幼い頃から仲良く成長してきた。しかし成人した3人を非情な運命が襲う。大納言家の人々が疫病により死去。将軍・足利義政から、阿古と婚姻し大納言家の財産を受け継いだ者を管領職に就かせる、との命が下る。
管領職と家督は信綱が継ぐものと思っていた直光は、ただ阿古と暮らせればいいと願っていた。しかし長男として管領職と家を継ぎたい信綱は阿古を奪おうとする。そこから3人の運命の歯車が狂い始める。
この頃の小栗は、ドラマ「花より男子」(TBS系)の花沢類役や映画『クローズZERO』の主演などで人気が高まり、2008年にはエランドール賞新人賞をはじめ数々の賞を受賞とまさに勢いに乗っている時期。それだけにこの作品での彼の演技は圧巻だ。
跡継ぎ問題に悩む信綱には誠実に接し、愛する阿古に語りかけるときの優しい眼差しと表情は心からの情が籠もっている。しかし阿古が奪われたと知ると怒気満面で屋敷に討ち入り、下っ端どもを気迫で圧倒する。直光というまっすぐで、愛情あふれる人間になりきっているのだ。
■ブレイク前の田中圭の演技にも注目!
そしてもう1人、この作品には注目すべき俳優が出演している。2018年に放送されたドラマ「おっさんずラブ」でブレイクした田中圭だ。遅咲きと言われる田中は当時あまり知名度は高くなかったが、名脇役として数々のドラマや映画に出演していた。
本作で田中が演じるのは、幼い頃に芋を盗んだことがきっかけで直光の家臣となった桜丸。そして直光の運命を変えてしまう人物こそが彼なのだ。
時代劇も悪役も初体験だという田中だが、そんなことを微塵も感じさせない演技を見せる。最初は淡々と陰謀を進め、物語が進むにつれ自らの欲望を剥き出しにする。その迫力と存在感は、小栗演じる直光に引けを取らないほどだ。
桜丸の陰謀にはまり阿古とともに落ち延びた直光は、山の中で松方弘樹演じる盗賊・多襄丸と出会う。そこからまた、直光の運命は変わってゆく。そこで小栗が見せる愛ゆえの迷い、咆哮、涙。田中が見せる欲望に魅入られた者の冷酷さ、醜さ、悲しさ。小栗と田中の2人の俳優が作り出すコントラストをうまく描き出し、多くの伏線を張りながら物語は進んでいく。そしてそれらを、MVなども手掛ける中野裕之監督が美しい映像で画面に映し出す。
演技も物語も映像も、全編見どころの映画『TAJOMARU』。公開から10年を経た今だからこそ、当時の2人の渾身の演技に注目しながら楽しんでいただきたい。
文=堀慎二郎
放送情報
TAJOMARU
放送日時:2019年11月2日(土)21:00~
チャンネル:映画・チャンネルNECO
※放送スケジュールは変更になる場合がございます。
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