SMAP解散後も俳優として精力的に活躍している草なぎ剛(※草なぎの「なぎ」は正しくはゆみへんに「剪」)。2020年の主演映画『ミッドナイトスワン』では、トランスジェンダーの役で主演してその演技を高く評価され、 同年の日本アカデミー賞にて自身初となる最優秀主演男優賞に輝いた。近年でも、2021年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」で徳川慶喜役を好演。「見事な演技だ」と話題を呼んでいる。
もともと草なぎは早くからその演技力のポテンシャルが高く評価されており、昭和を代表する演出家・つかこうへいをして、「大天才」と言わしめている。1999年に彼の代表作である「蒲田行進曲」で草なぎを起用した際、「草なぎ君の演技は衝撃的。僕の想像をはるかに超えていた」と評し、演技には人一倍厳しい演出家として知られる彼が手放しで大絶賛したのだ。
そんな草なぎの代表作のひとつが、2003年に公開された映画『黄泉がえり』である。本作は、宮崎あおい主演の『害虫』(2002年)で名を馳せた俊才・塩田明彦が監督したファンタジー。当初は3週間限定という条件で公開されたのだが、観客の圧倒的な支持によってロングランとなり、興行収入30億円を記録した。劇中で柴咲コウが扮するシンガー・RUIの名でリリースした主題歌「月のしずく」も70万枚のセールスを記録し、当時の日本映画界を一躍活気づける大ヒット作となった超話題作だ。
映画の舞台は熊本県阿蘇地方の町。この地では亡くなった人々が突然帰ってくる不思議な現象が続発していた。しかも、死後十数年を経ていても亡くなった当時の姿で復活するのだった。この不可解な現象の謎を探るために、自身の故郷でもあるその町を調査する厚生労働省の役人・川田平太を草なぎが演じている。
川田は"黄泉がえり"現象がある限定されたエリア内でのみ次々と起きていることを知る。そして彼は亡くなった親友の婚約者である橘葵(竹内結子)と再会。ずっと秘め続けてきた彼女への想いを押し隠しながら、業務を進める中で川田は現象の深層に次第に迫っていく。死者が復活するという謎に迫りながら、川田と葵の複雑な心情を絡めつつ、蘇った人々とその周囲の人々とのドラマを盛り込み、やがて物語は壮大なクライマックスへと向かう。
本作における草なぎの演技は、前半は抑えた演技で淡々と演じているが、後半では徐々に感情を激しく変化させていく。その起伏があまりにも自然で、見ている者がナチュラルに感情移入できるのだ。心情描写が極めて丁寧で、セリフのない場面でもその表情だけで気持ちを伝えてくれる稀有な役者だと言えるだろう。
たとえば、映画の冒頭で葵のアパートを訪れる再会シーン。久しぶりに会う2人が軽口を叩き合う明るい場面の後、一瞬亡くなった親友を思い出したかのように表情が一変する。無言のシーンだが、草なぎのはかなげな瞳が非常に印象的で、それだけで映画の世界観にぐっと引き込まれてしまうのだ。ほかにも親友と海辺で戯れる回想シーンなど、何気ない場面にこそ、彼の自然な演技力が光る。感情を爆発させるような激しい場面より、何でもないシーンにこそ役者の技量が現れるものだが、まさに草なぎの演技の丁寧さと繊細さが本作のそんな場面でも随所に感じ取れるのだ。
ヒロインを演じた竹内結子は、草なぎについて「役を吸い込むかのように、何でも自分のものにしてしまえる人」と共演した印象を語っている。草なぎの演技力の高さゆえに、共演者の魅力も倍加させていることが本作を見ればよくわかる。
2人の主人公たちの物語に加え、石田ゆり子と哀川翔が扮するラーメン店夫婦、田中邦衛が演じる医師親子のエピソードなど、黄泉がえった人々をめぐるサイドストーリーも本作の見どころだ。石田演じる女主人に恋焦がれながら、ラーメン店を手伝っている店員・中島を演じる山本圭壱(極楽とんぼ)もいい味を出している。ブレイクする前の長澤まさみや市原隼人のみずみずしい演技も光るものがあった。さらにクライマックスでは、柴咲コウ演じるRUIの長尺ライブ場面がなんとも圧巻。大ヒットを記録した名曲「月のしずく」が心にしみるはずだ。
文=渡辺敏樹
放送情報
黄泉がえり
放送日時:2022年6月10日(金)18:30~
チャンネル:WOWOWプラス 映画・ドラマ・スポーツ・音楽
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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