出演作が次々と話題を集めている西島秀俊。5月に公開された映画『シン・ウルトラマン』が大ヒットを記録、7月からは永野芽郁演じる若きヒロインの会社に転職してきた"おじさん部下"に扮するドラマ「ユニコーンに乗って」が放送スタート。さらに、主演を務めたクライム・エンターテイメント映画『グッバイ・クルエル・ワールド』が9月9日(金)に公開を控えている。
近年は若手を見守る上司役も多い中、魅力的なキャラクターを体現してきた。キレキレのアクションからコミカルな演技まで...多彩なキャリアを誇る、まさしく名優と呼ぶにふさわしい。改めてその卓越した演技に注目が集まっているが、西島のキャリアの中でも昨年公開の映画『ドライブ・マイ・カー』は特別な1作になったと言えるだろう。
村上春樹の同名小説に惚れ込んだ濱口竜介監督が、映画化を熱望し自らが脚本を手掛けた本作。世界三大映画祭を席巻してきた濱口監督の待望の最新長編作は、カンヌ国際映画祭で日本映画としては史上初となる脚本賞を受賞。また、惜しくも受賞は逃したものの、アカデミー賞で日本映画史上初となる作品賞や脚色賞にノミネートされたことは記憶に新しい。
舞台俳優であり演出家の家福悠介(西島)は、愛する妻・音(霧島れいか)と満ち足りた日々を送っていた。しかし、脚本家として彼を支えていた妻が「今夜話したいことがある」と言った矢先に急死する。妻を亡くして2年、大きな喪失感を抱えながら孤独な日々を送る悠介は、チェーホフの名作舞台劇「ワーニャ伯父さん」の演出を手掛けることに。寡黙な専属ドライバー・みさき(三浦透子)と行動をともにするうちに心境に変化が生じていく...。
孤独を抱えて生きる人間たちの葛藤と再生が丁寧に描かれた本作で、劇中劇も演じている西島。演出家かつ舞台俳優であるがゆえに、家福を演じながら別の登場人物を演じなければならない。まして家福は妻に先立たれ喪失感を抱えながら生きる難役だ。妻がテープに吹き込んだ台詞を聞く間にも変化していく心情を、応える台詞で細やかに表現している。
愛ゆえに感じる痛み、喪失感。内に湛える怒りや悲しみは行き場がない、それでも日々は過ぎ仕事をしなくてはならない。みさきと共有する孤独、妻への疑念や若手俳優・高槻(岡田将生)に向ける複雑な感情といった心の機微も繊細に表現した。長尺の中で劇の台詞が物語とリンクしていき、西島秀俊なのか家福悠介なのか分からなくなってくる。
本作では、日本語だけでなく英語、韓国語、手話まで飛び交う。言語や表現方法が違っても分かり合えていると思う一方で、同じ言葉を使っていても伝えること、信じることは難しい。先立った者の"本当"はどこにあるのか分からず、もはや聞くこともできない。それでも、残された者たちは辛く悲しみ泣きながらも生きていく...。
深い暗闇の中にほんの少し希望の光が感じられるような、今を生きる人にそっと寄り添う再生の物語。西島のラストの慟哭は、長いキャリアを重ねてきたからこそ完成した名演と言えるだろう。
文=中川菜都美
放送情報
ドライブ・マイ・カー
放送日時:2022年7月23日(土)13:00~
チャンネル:WOWOWプライム
放送日時:2022年7月23日(土)20:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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