「黒豹の如く」は、星組トップコンビ柚希礼音&夢咲ねねのサヨナラ公演として大いに注目された作品である。柚希は2009年に星組のトップスターに就任。宝塚歌劇が創立100年の節目を迎えた2014年を挟んだ約6年間、100周年をけん引するトップスターとして活躍した。この間トップ娘役として相手役を務めたのが夢咲で、2人は華やかなゴールデンコンビだった。
柚希礼音の魅力といえば、まずはダンスだ。宝塚入団前はバレリーナを目指していたという柚希のダンスは伸びやかで力強く、観る者を惹きつける。加えて2008年「THE SCARLET PIMPERNEL」でショーヴラン役を演じたあたりから歌唱力もめきめき伸ばしていった。芝居でも毎回さまざまな役と誠実に向き合い、踊り・歌・芝居と三拍子そろったスケールの大きなトップスターとして観客を魅了し続けた。
印象的だった舞台としてはまず、2010年「ロミオとジュリエット」のロミオ役がある。この作品はフランスの大ヒットミュージカルの日本初演であり、以降タカラヅカでも何度か再演されることとなった。2013年には台湾公演「宝塚ジャポニズム〜序破急(じょはきゅう)〜/怪盗楚留香(そりゅうこう)外伝 -花盗人-/Etoile de TAKARAZUKA」の主演を務め、台湾にもファンの裾野を広げた。
2014年「眠らない男・ナポレオン -愛と栄光の涯に-」では、タカラヅカ100周年の幕開けを飾る重責を果たす。また、100周年の運動会では柚希率いる星組が悲願の優勝を勝ち取った。一方、スペシャル・ライブ形式の「REON!!」(2012年)、「REON!!II」(2013年)でも持ち前のダンスと歌の力を余すところなく発揮。2014年には東京・日本武道館でのスーパー・リサイタル「REON in BUDOKAN〜LEGEND〜」を大成功させた。愛称は「ちえ」で、舞台の男役としての姿とチャーミングな素顔とのギャップが魅力的なスターでもある。
そんな柚希の卒業公演となったのが、柴田侑宏の作による「黒豹の如く」である。柴田は「星影の人」「あかねさす紫の花」「うたかたの恋」「琥珀色の雨にぬれて」など数々の名作を生み出してきた作家で、男女の愛憎の深みを薫り高く描く作風がファンの間で長らく愛されてきた。本作は、そんな柴田の10年ぶりの新作としても期待を集めた作品だ。演出・振付には謝珠栄が加わっている。
物語の舞台は1920年代のスペイン。海軍の参謀長アントニオ・デ・オダリス大佐(柚希礼音)は、かつて大航海時代の伝説の海賊ソルの血を引き、ソルと同じ「黒豹」の異名をとる男だ。作者の柴田は柚希にこの主人公を設定するとき「深く、しなやかで、しかも俊敏」というイメージを描いたという。
プロローグは、大航海時代の海賊ソルの姿で登場した柚希を中心としたダンスナンバーで始まる。そこから一転して物語の世界に入っていくという趣向だ。スペイン海軍省の夜会で、アントニオは幼なじみのカテリーナ(夢咲ねね)と再会する。カテリーナは負債を抱える父を救うため金持ちの侯爵家に嫁ぎ、未亡人となっていた。かつては互いに想いを寄せ合っていた2人の恋が再び燃え上がる。
一つの戦争が終わり、次なる戦争の足音が遠く聞こえるこの時代、スペイン海軍でもさまざまな陰謀が渦巻いていた。ファシズム勢力と手を結び一儲けを企む実業家アラルコン公爵(紅ゆずる)は、人望の厚いアントニオを利用しようとするが、アントニオは耳を貸さない。いら立つアラルコンの魔の手は、カテリーナにも及んでいくことになる。
凛々しい軍服姿に柚希の男役の美学が凝縮され、タカラヅカ王道のラブストーリーでは信頼関係で結ばれたトップコンビが息の合った芝居を見せる。稀代のトップスター柚希礼音の集大成を見せる一作だ。
文=中本千晶
放送情報
『黒豹の如く』('15年星組・宝塚・千秋楽)
放送日時:2018年5月20日(日)20:00~
チャンネル:TAKARAZUKA SKY STAGE
※放送スケジュールは変更になる場合がございます。