道なき道を切り拓く男・佐藤琢磨

昨年のインディ500決勝レース。残り5周でトップに立った佐藤琢磨(アンドレッティ・オートスポーツ)は、史上6番目の僅差となる、2位と0秒2011差でフィニッシュラインを通過した。それは日本人として初のインディ500優勝という快挙達成の瞬間だった。40歳にして日本のモータースポーツ史に刻まれる、歴史的な金字塔を打ち立てた琢磨は、これまでも数々の苦難を乗り越えて夢を実現させてきた男だ。

高校時代(東京・和光高校)、自転車選手を目指した琢磨は、自転車部のなかった同校に、1人で部を設立。いきなり高校総体で優勝を果たすなど、好成績を収めた。自転車でオリンピックも狙える逸材だったが、モータースポーツへ転向する。それは10歳の時に初観戦したF1日本グランプリで魅せられたアイルトン・セナが1994年に事故死した影響も大きい。大学(早稲田大学)に進学した琢磨は、セナを目指してモータースポーツの世界へ飛び込んでいった。

モータースポーツの実績がなかった琢磨は、鈴鹿サーキット・レーシング・スクール・フォーミュラへの入学を目指す。少人数しか受け入れない狭き門だったが、F1に対する思いを綴った手紙を書き、異例の面接を直談判。その熱意が伝わり、経験がないにもかかわらず、スクールへの入学合格をつかみとり、モータースポーツとしては遅い年齢でのスタートながら、抜群の運動神経を発揮し、実力を磨いていった。そして1998年に童夢・無限ホンダから全日本F3へ参戦すると、その後イギリスへと渡り、着実にステップアップ。2001年には日本人初のイギリスF3年間チャンピオンに輝き、国際F3レースのマールボロマスターズ、マカオグランプリも制して、世界的なドライバーとなった。そして2002年には、ジョーダン・ホンダでF1にフル参戦。プロのレーシングドライバーを目指してから、わずか6年でF1へと上り詰めたのだ。BARホンダ、スーパーアグリ・ホンダとチームを移籍し、F1では2008年まで戦い、2004年のアメリカグランプリで日本人最高タイの3位入賞を果たしている。

2010年、戦いの場をインディカー・シリーズへ移してからも琢磨の活躍は続いた。2011年の第8戦、アイオワで日本人初のポールポジションを獲得。わずか9日前に最愛の父を亡くすという悲しみの中での偉業だった。2013年の第3戦、ロングビーチでは、ついに日本人初優勝を達成。そして昨年のインディ500で優勝と、インディーカー・シリーズでも歴史に名を刻み続けている。今季はレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに移籍し、戦っている佐藤琢磨。高校時代から常に夢を抱き、全力でアタックし続け、道を切り拓いてきた。これからもインディ500連覇、そしてインディカー・シリーズ年間チャンピオンという夢に向かって、突き進んでいく琢磨から目が離せない!

文=エンターバンク

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放送情報

「第102回インディ500」予選~インディアナポリス~
放送日時:
■予選1日目2018年5月20日(日)5:00~
■予選2日目2018年5月21日(月)5:00~
チャンネル:BSスカパー!

「第102回インディ500」決勝~インディアナポリス~

放送日時:2018年5月28日(月)0:00~

チャンネル:GAORA SPORTS

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