藤井聡太王将と菅井竜也八段による王将戦七番勝負を将棋観戦記者・大川慎太郎が占う「二日制というルールが藤井王将に有利に働く」

藤井聡太王将は2023年秋の王座戦五番勝負で史上初の八冠完全制覇を達成
藤井聡太王将は2023年秋の王座戦五番勝負で史上初の八冠完全制覇を達成

8大タイトル戦の中で名人戦に次ぐ歴史を持ち、伝統と格式のある棋戦「王将戦」。2024年1月~3月に王将と挑戦者が七番勝負を行う「王将戦七番勝負」の第1局が、2024年1月7(日)よりスタートする。

囲碁・将棋チャンネルでは「第73期 ALSOK杯王将戦 七番勝負」の全局を生放送。2023年秋の王座戦五番勝負で史上初の八冠完全制覇を達成し、向かうところ敵なしの藤井聡太王将に、菅井竜也八段が挑む七番勝負の行方を、将棋観戦記者・大川慎太郎さんに占ってもらった。

──タイトル獲得、全棋士参加棋戦での優勝など実績十分の菅井竜也八段ですが、意外にも王将戦の挑戦者決定リーグは初。初参加ながら5勝1敗で挑戦権を獲得しました。リーグでの戦いぶりについてはいかがでしたか。

「とにかく駒が大きく動いている印象があり、調子の良さを感じました。振り飛車(※)はすぐに勝つことはない戦型で辛抱強く戦うことが求められるのですが、少し苦しそうな局面でも丁寧に指していました。菅井八段の調子の見極めとして、形勢が苦しい時に早指しで指し手が粗くならずに踏ん張るかどうかがありますが、王将リーグではしっかり指していた印象です。叡王戦後、棋聖戦、王位戦、王座戦、竜王戦と4つのタイトル戦がありましたが、競争の激しい今の将棋界で1年以内に挑戦権を獲得したのは素晴らしいの一言です」
※序盤において、初形で右翼にある大駒の飛車を左翼へ展開する戦法

──両者がタイトル戦で顔を合わせるのは前期の叡王戦五番勝負以来2回目。振り返って、どのようなシリーズでしたか。

「第1局は菅井八段が様子をうかがいながら指していたように見受けられるところもありました。それが奏功したのかは分からないですが、第2局は快勝。しかし、第3局は良い時間が長かったが敗北、第4局は有利な局面で千日手(※)にしたのが痛かったでしょう。菅井八段にとっては悔しいシリーズだったと思いますが、2度の千日手を含めて藤井叡王と6局も戦い、それだけ濃く接したことは大きな財産になったはず。棋士によっては完敗して打ちのめされる場合もあるでしょうが、菅井八段の場合は内容も良かったし、敗れても自信を深めていたように映りました。次の対藤井戦を楽しみにしていたはずで、そういう意味では今シリーズに懸かる期待は大きいでしょう」

※同一局面が4回現れること。 この状態になると無勝負となり、初めから指し直す。 ただし、連続して王手をかけ続けて千日手が成立した場合は、王手をかけていた側の負けとなる

──過去の対戦から七番勝負で予想される菅井八段、藤井王将の作戦についてはどう見てますか。

「菅井八段が振り飛車を採用するのは間違いないです。前期叡王戦のように三間飛車(※1)がメインでしょうが、たまに指す四間飛車(※2)をどこでアクセントとして取り入れるのかも注目。対して藤井王将がどういう作戦を取るのかが見どころ。前期叡王戦のように居飛車穴熊(※3)と銀冠(※4)を用いる可能性が高いと思いますが、序盤からペースをつかまれたこともあり、決して満足していないはず。今回はかなり細かく策を練ってくるはずで、戦型は同じだとしても微妙な形や手順の違いなどを見ていきたいです」

(※1)自陣の左から3番目の列(棋譜の表記上は先手では7筋、後手では3筋)に飛車を移動させる作戦
(※2) 先手ならば飛車を6筋に、後手ならば飛車を4筋に振る
(※3) 飛車を最初にあった位置から動かさず、玉を左下に移動させ、その周りを自陣の駒で固めるという戦法
(※4) 玉の頭に銀を置く形の囲い

──菅井八段がAIに否定されがちな振り飛車で戦い続ける意義はいかがでしょう。

「どうしても人間は評価値を重視しがちで、それは自然なことだと思います。しかし『将棋の可能性』という意味で、評価値よりも経験値を重視する振り飛車を貫くことは尊いでしょう。公式戦が角換わりや相掛かりばかりでは面白くない。感想戦でも、菅井八段は評価値の話をされるとあまり面白くなさそうな雰囲気を見せることがあります。いまは感想戦で記者がAI発の代案を示すことは普通になり、棋士は素直に耳を傾けるようになりました。評価値に抵抗を示す棋士は本当に少なくなっているだけに、菅井八段には頼もしさを感じます。トップ同士の戦いで、人と違ったことをするのはそれだけで大きな意味があるでしょう」

──2023年も3つタイトルを増やし、八冠を制した藤井王将の充実ぶりについては。

「八冠を達成した王座戦五番勝負では苦戦するシーンも見られたが、それは永瀬拓矢九段の全てを懸けた研究の深さと執念によるものです。決して不調などではなく、それはその後の竜王戦七番勝負で証明されました。4連勝のストレート勝ちは衝撃で、初日にリードを奪い、2日目でそのまま押し切る内容が多かった。普通の棋士なら躊躇(ちゅうちょ)するような局面でも先の先まで読んで踏み込んでいます。対戦相手の伊藤匠七段も私の取材に『藤井竜王はこれほど強かったのか。自分は藤井竜王のことを理解していなかった』と語ったほど。シリーズを通して大きな悪手、疑問手は一度もなく、過去19回のタイトル戦で最も質の高いパフォーマンスでした」

──藤井王将につけ入る隙があるか、または止める棋士が現れるとすれば...。

「付け入る隙はほぼないでしょう。強いて言うなら八冠になったことで八大タイトル戦の予選に出場しなくなったので、実戦不足の懸念はあります。ただ過去にもコロナ禍で対局が止まった時に自分の将棋を見直して実力アップをさせたことがありました。頭が抜群に良いので、その対応もしっかりしてくるはず。藤井王将を止める棋士は今のところ全く見当たらない。若さは成長の可能性を秘めているので藤井王将より若い棋士には常に注目していますが、優秀な者は数多くいても、止めるとなると......。藤井王将が過去にタイトル戦で戦った棋士では永瀬九段と菅井八段が有力だと思います。理由は内容の良さで、敗れた将棋でも優勢な局面を作っていたから。ただしそこから勝つのが至難の業ですが......」

──最後に、王将戦七番勝負の見どころは。

「二人が過去に対戦した叡王戦は一日制で時間の計測はチェスクロック方式(※)です。王将戦は二日制で、ストップウォッチ方式。じっくり読みを入れられる条件はどちらかと言えば藤井王将に有利に働くのではないかと思います。そこで菅井八段がどう対抗するか。菅井八段は気持ちを前面に出して戦う棋士で、ノーネクタイで表情豊かな対局姿には、将棋が『勝負』であることを強く感じます。現在は世界的にも『正解』が何より重視されており、『気合』などの人間らしい感情は軽視されがちではないかと思いますが、菅井八段はその大事さを思い起こさせてくれる。人間らしい戦いに期待したいと思います」
※持ち時間が秒単位で消費され、ストップウォッチ方式のように「1分未満切り捨て」がない方式

取材・文=渡部壮大

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放送情報【スカパー!】

[生]第73期 ALSOK杯王将戦 七番勝負 第1局 1日目 藤井聡太王将 vs 菅井竜也八段
放送日時:1月7日(日)8:40~
放送チャンネル:囲碁・将棋チャンネル

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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