英国ロイヤル・バレエ団に東洋人として初めて入団し、わずか4年後にはプリンシパルとして世界的に名をはせた熊川哲也。その熊川が理想のバレエを追い求めてKバレエ カンパニーを設立してから、来年で20周年を迎える。
そんな彼らの節目の年を目前に控え、街にクリスマスムードがあふれ出すこの時期にぜひ鑑賞したい作品が、チャイコフスキー作曲の「くるみ割り人形」だ。Kバレエ カンパニーの公演も12月6日(木)から、東京・Bunakamura オーチャードホールで予定されている。また、今年はディズニーが同作を映画化した『くるみ割り人形と秘密の王国』が11月30日(金)に公開されることもあり、より一層世間では「くるみ割り人形」という作品に注目が集まりそうだ。
「白鳥の湖」や「眠れる森の美女」と並び、チャイコフスキーの三大バレエ曲と言われる「くるみ割り人形」。クリスマス・イブの夜の出来事を描くストーリーということもあり、12月になるとヨーロッパをはじめとした世界中の劇場で上演され、親子で鑑賞するという人も少なくない。大人も子どもも楽しめるバレエ組曲として知られる同作であるが、実は原作があることをご存じだろうか。
1816年にドイツのE.T.A.ホフマンに発表された童話「くるみ割り人形とねずみの王様」が「くるみ割り人形」のはじまりだ。その後フランスのアレクサンドル・デュマ親子がフランス語に翻訳したものを元に、バレエ組曲が作られるようになった。物語は、少女クララがクリスマスパーティで、人形遣いのドロッセルマイヤーからくるみ割り人形をもらう。夜が更けて、夢と現実の間を行き来するクララの目の前でこのくるみ割り人形がねずみの襲撃に遭ってしまう。クララはくるみ割り人形を救おうと勇気を出し、人形の国を冒険していく。
振付家やバレエ団の演出により少しずつ異なるものの、クララが冒険する世界は、幻想的な雪の国や、カラフルなお菓子の国、そしてそれぞれの国に現れるキャラクターたちの踊りで構成される。なかでも、テンポの良い音楽に乗せて繰り広げられるアラビア、中国、スペイン、ロシアなど国際色に富んだ踊りは、華やかで見ていて楽しいひとつの見せ場となっている。だからこそ初めてバレエを見る人や、子どもにも、親しまれてきた作品なのである。
2005年に初演され、第5回朝日舞台芸術賞を受賞した熊川版の「くるみ割り人形」では、人形の国で起こる悲劇で幕を開ける。ねずみの王が、人形の国に魔法をかけて、姫のマリーはねずみに、そして婚約者の王子はくるみ割り人形に姿を変えられてしまう。その魔法を解く方法はただひとつだけ。世界一硬いクラカトゥクくるみを割るしかない。だがそのためには純粋無垢な心を持つ人間の力が必要なのだ。人形の王から命を受けたドロッセルマイヤーはこの人物を探すため、人間界へ向かいクララと出会うことになる。こうした熊川版ならではのストーリーを介在させることにより、クララが人形の国へ冒険に出かける理由がより明確になり、同時に後半の各国のダンスが繰り広げられる祝祭的ムードにも"魔法が解かれたお祝い"と解釈でき、物語の流れも分かりやすくなっている。
そして熊川版「くるみ割り人形」のもうひとつの大きな特徴は、芸術的に優れた豪華絢爛な舞台美術。クリスマスのパーティを彩る美しいセットや目の前で巨大化する仕掛けのツリー、輝く雪が舞い散る雪の王国など、細部まで手をかけられた美術品のよう。熊川と長年、仕事をしてきた英国人美術家、ヨランダ・ソナベンドの舞台美術は、大人のバレエファンをも圧倒する。
クリスマス前のこの時期は、Kバレエ カンパニーの「くるみ割り人形」だけではなく、プラハ国立劇場バレエ部門の芸術監督ペトル・ズスカが振り付け・演出を手掛ける作品や、ドイツのベルリン州立バレエ、ロシアのマリインスキー・バレエの作品など、さまざまなバレエ団によって演じられた「くるみ割り人形」のTV放送が予定されている。ぜひそれぞれを見比べて、衣装や、振り付け、ストーリー解釈の違いを楽しんでみて欲しい。
文=津金美雪
放送情報
熊川哲也出演 Kバレエカンパニー「くるみ割り人形」(2005年12月東京文化会館公演)
放送日時:2018年12月3日(月)22:30~
チャンネル:TBSチャンネル1 最新ドラマ・音楽・映画
マリインスキー・バレエ2011「くるみ割り人形」
放送日時:2018年12月3日(月)21:00~
チャンネル:クラシカ・ジャパン
ペトル・ズスカの「くるみ割り人形」
放送日時:2018年12月10日(月)21:00~
チャンネル:クラシカ・ジャパン
ベルリン州立バレエ2014「くるみ割り人形」
放送日時:2018年12月17日(月)21:00~
チャンネル:クラシカ・ジャパン
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