独創的な世界観で観る者を圧倒する平成生まれの才人、グザヴィエ・ドランに勇気をもらう

作り手として、そして演者として類まれなる才覚を見せつけるグザヴィエ・ドラン(『神のゆらぎ』)
作り手として、そして演者として類まれなる才覚を見せつけるグザヴィエ・ドラン(『神のゆらぎ』)

まるでどの瞬間にメスを入れてもぽろぽろと心の欠片が溢れてきそうなほどに、彼自身が詰まっている。グザヴィエ・ドランの作品はまるで彼そのもの。観る度にその独創的な世界観に酔いしれ、私小説的な生々しさや泥臭いまでの自己開示にただただ圧倒されてしまう。どんな巨匠かと思えば、ドランは平成元年生まれ...若い!

■初監督は19歳!脚本も出演も兼務するマルチな手腕

顕著なのは初監督作であり、脚本・主演も務めた『マイ・マザー』(2009年)。カナダのケベック州で暮らす17歳の少年・ユベール(ドラン)が2人暮らしの母との関係に苦悩し、愛しながらも憎しみすら抱いてしまう心の葛藤を描いた半自伝的な物語となっている。19歳の時に撮ったその作品はカンヌ国際映画祭の監督週間部門に選出され、一躍その名を世界に轟かせた。

19歳という若さでセンセーショナルな監督デビューを果たした『マイ・マザー』
19歳という若さでセンセーショナルな監督デビューを果たした『マイ・マザー』

(c) 2009 MIFILIFILMS INC

特徴的な音使いと色鮮やかでみずみずしい映像で綴られる、ガラス細工のように繊細な自意識や母子のリアリティある描写の数々に、己の思春期ないし反抗期を思い出し、あまりのノスタルジーにちょっとえずいてしまったほど(親と一緒に観るのはやめておいたほうがよさそう)。注目すべきはユベールが最初から同性愛者であることを作中でカムアウトしており、そのこと自体が母との軋轢の原因にはならないところ。あくまで母と子の近すぎる関係の中での愛憎こそが主題なのだ。ドラン自身も実生活でゲイであること公表しており、そのセクシャリティの在り方こそがジェンダーフリーの扉が開いた新しい時代の申し子であることを感じさせる。

人間関係の軋みや閉塞した生活へのやるせない思いなどを主題とし、マイノリティであることを己の核のようにして作品を作り続けてきたドラン。母との関係も繰り返し繰り返し描いており、それもまた彼自身の創作のモチーフになっているようだ。

架空の世界のカナダを舞台に、シングルマザーと発達障害の息子の生活を描いた『Mommy/マミー』(2014年)は、画角を変える見せ方や音楽の使い方が印象的で、俳優陣の熱演によって生まれた物語とは思えないほどのリアリティに胸がえぐられてしかたなかった。

画角が主人公の感情に合わせて変化する演出も話題となった『Mommy/マミー』
画角が主人公の感情に合わせて変化する演出も話題となった『Mommy/マミー』

(c) 2014 une filiale de Metafilms inc. Photo credit : Shayne Laverdiere

『たかが世界の終わり』(2016年)では自身の死期が近いことを悟り、12年ぶりに帰郷した劇作家のルイ(ギャスパー・ウリエル)と家族のすれ違いを果てしない会話劇で描いている。家族だからこそ剥き出しになってしまう感情のぶつかり合いが生々しく、だから家族ってさあ...と見ないふりしていた自分の本心を見透かされたようでグサっときた。

第69回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた『たかが世界の終わり』
第69回カンヌ国際映画祭でグランプリに輝いた『たかが世界の終わり』

(c) Shayne Laverdiere, Sons of Manual

自身の監督作に何度も出演し、時に主演も務めているのは、ドランに6歳から子役として映画やテレビドラマで活躍してきた土壌があるから。芸能の世界を出役としても知り尽くすその経験が反映されているのが『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』(2018年)。29歳の若さでこの世を去った美しきスター俳優の死の真相が少年との秘密の文通によって明かされる様を描いたこの作品は、彼が子役時代にレオナルド・ディカプリオにファンレターを送っていた実話が基になっている。初の英語映画でもあり、ナタリー・ポートマンやキット・ハリントンなど豪華な俳優陣も魅力の一つ(ドランの出身地であるカナダ・ケベック州の公用語はフランス語で、これまでの作品はすべてフランス語で撮られている)。

ドランがモデルになっている主人公の少年ルパートを『ルーム』のジェイコブ・トレンブレイが演じている(『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』)
ドランがモデルになっている主人公の少年ルパートを『ルーム』のジェイコブ・トレンブレイが演じている(『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』)

(c) 2018 THE DEATH AND LIFE OF JOHN F. DONOVAN INC., UK DONOVAN LTD.

人間関係劇の巧みさが光るのは長編2作目になる『胸騒ぎの恋人』(2010年)。フランシス(ドラン)は、親友マリー(モニカ・ショクリ)も想いを寄せる美しい青年ニコラ(ニールス・シュナイダー)を好きになってしまう。2人のニコラへの想いはやがてフランシスとマリーの関係をも変えていく。人に惹かれ、想い焦れるその過程の盲目さや嫉妬の醜さ、片想いの厳しさや苦しさを真正面から描いていて、これまた胸が痛むほど切ない。なのになぜかたまにお酒を飲みながら観たくなる作品だ。だって恋する瞳がたまらなくキュートで、なにより2人の友人関係がとっても楽しそうなんだもの!こんな友達いたらいいなあなんてちょっと羨ましく思ってしまうけど、やっぱり親友と恋人を取り合うなんてしんどいからいいや。

監督と主演のみならず、脚本、製作、編集、コスチューム、アートディレクションも手掛けた『胸騒ぎの恋人』
監督と主演のみならず、脚本、製作、編集、コスチューム、アートディレクションも手掛けた『胸騒ぎの恋人』

(c) 2010 MIFILIFILMS INC

■作品から伝わってくるドランの変化と、次のステージへの期待

そして、ティモシー・シャラメ主演の映画『君の名前で僕を呼んで』(2017年)にインスパイアされて撮ったという『マティアス&マキシム』(2019年)は、気づいてしまった自身の思いに翻弄される30代の姿を等身大で描いている。30歳のマティアス(ガブリエル・ダルメイダ・フレイタス)とマキシム(ドラン)は幼なじみ。友人の妹が撮る自主映画の中でキスシーンを演じることになったところ、そのキスをきっかけに互いの秘めていた思いを知ることになる。制御できない思いに翻弄されるあまり口から飛び出た言葉は相手を傷つけ、その末に爆発した思いのままに互いを求め合うシーンが官能的でいて切なく、その美しさにひれ伏してしまった。

すでに10年選手となったドランは、作品の中でミレニアル世代である友人の妹に、あんたたちのセクシャリティに関する認識は古いと指摘される。もはや彼は若くない。青春も終わりに近づき、己が何者であるかを決めなければならない最後のタイミングで、思いがけなく見つけてしまった自分自身。されどその自己形成の最後の1ピースを肯定的に描いており、今までで一番爽やかな余韻の残る作品となっている。ホームグラウンドであるケベックに戻り、2人の仲間たちには実際の友人をキャスティングしたことで醸し出されるリラックス感の中、きっと彼の心の柔らかいところが最も純な形で発露したのではないだろうか。

古くからの友人だったマティアスとマキシムの関係は、自主映画でのキスシーンをきっかけに大きく揺らぐ(『マティアス&マキシム』)
古くからの友人だったマティアスとマキシムの関係は、自主映画でのキスシーンをきっかけに大きく揺らぐ(『マティアス&マキシム』)

(c) 2019 9375-5809 QUÉBEC INC a subsidiary of SONS OF MANUAL

どれだけ作品を重ねようと、彼は変わらない。痛々しいほどにピュアで、繊細で、愛されたいし愛したいのだと叫び続ける。この人はずっと他者と生きていくことを諦めないのだなあ、と作品を観る度にハッとする。なんでドランが諦めないのに、私が諦めそうになっているんだよ、と背中をぴしゃりと叩かれたような気持ちになる。

若いままの不安定さから、青春の終わりへ。ドランはきっと次のステージへと旅立とうとしている。新しい自分を受け入れた彼はこの先何を描いてくれるのだろう。目が離せるはずもない。

文=宇垣美里

宇垣美里●1991年生まれ 兵庫県出身。2019年3月にTBSを退社、4月よりオスカープロモーションに所属。現在はフリーアナウンサーとして、テレビ、ラジオ、雑誌、CM出演のほか、女優業や執筆活動も行うなど幅広く活躍中。

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放送情報

マイ・マザー
放送日時:2023年2月18日(土)21:00~
胸騒ぎの恋人
放送日時:2023年2月19日(日)21:00~
Mommy/マミー
放送日時:2023年2月20日(月)21:00~
たかが世界の終わり
放送日時:2023年2月21日(火)21:00~
ジョン・F・ドノヴァンの死と生
放送日時:2023年2月22日(水)21:00~
マティアス&マキシム
放送日時:2023年2月23日(木・祝)21:00~
神のゆらぎ
放送日時:2023年2月24日(金)21:00~
チャンネル:スターチャンネル2

マティアス&マキシム[吹]
放送日時:2023年2月4日(土)13:45~、17日(金)23:10~
チャンネル:スターチャンネル3

※放送スケジュールは変更になる場合があります

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