■大人になったって同じように思うことがないわけじゃないのが哀しい
私の心の真ん中には、セーラー服を着た17歳の頃の私がもうずっと長いこと鎮座している。一番強くて頑固で繊細で向こう見ずだった私は、大人になった私が見えない何かに尻込みして安全で不幸な道を選ぼうとすると即座にかかと落としを食らわせようとしてくるし、不安に駆られて踏み出すことを躊躇したら蔑んだ白い目で見てくるのだ。ひどい。でも、あの頃の私をがっかりさせたくない、そんな理由で道を選んで生きてきたら、思っていた以上に遠いところまで来ることができた。切り開いてきたこの道程は私の誇り。
大人の私は気を抜いたらすぐにつまらない方を選んでしまいがちで、追い詰められると心の中の17歳の声が聞こえなくなることもある。そんな時は映画の力を借りよう。スクリーンの中には、あの頃の私が抱えていた衝動がありありと描かれている。例えば、中国映画『少年の君』(2019年)には、狭苦しい学校という世界で己の無力さを痛感しながら生きていた、あの頃のヒリヒリとした痛みが。
苛烈な受験戦争で殺伐とした進学校に通う高校三年生の少女チェン・ニェン(チョウ・ドンユィ)は、同級生がいじめを苦に自殺して以降、新たないじめの標的になってしまった。そんなある日、集団暴行を受けている不良少年のシャオベイ(イー・ヤンチェンシー)と出会い、とっさの判断で彼を窮地から救ったチェン・ニェンは、シャオベイにボディーガードを頼む。孤独な優等生とストリートに生きる不良少年、対極的な存在ながら、孤独な2人はいつしか心を通わせていくようになる。
過酷な社会の中、寄る辺ないひとりぼっちな2人の間に生まれた絆が美しくて切なくて痛々しくてずっと哀しい。主演2人をはじめとした役者陣の演技に引き込まれ、全てのシーン、全ての表情が胸に突き刺さり、エンドロールが終わっても涙が止まらなかった。映画でこんなに泣いたのは、多分初めてだったと思う。鮮明に映し出される中国社会の問題は、もちろん学歴社会の日本に生きる私たちにとっても他人事ではない。その先の世界の広がりを知らない子どもにとって、学校は全てだ。この映画の冒頭と終わりではっきりと示されるメッセージが古臭くなる日は、まだ当分来そうにない。
私はもう大人だから、子どもを守る立場の者として少年少女の映画を観て共感しているだけでは終われない。時にあまりのやるせなさに、どうやったら守ってあげられるのかと胸が締め付けられることもある。『17歳の瞳に映る世界』(2020年)は、そんなやるせなさと共に、女性がこの世界で生きていくことの得も言われぬ困難さを感じて静かに絶望する。
ペンシルベニア州の高校に通うオータム(シドニー・フラニガン)は望まない妊娠に気づくが、彼女の住む州の法律では、未成年者は両親の同意がないと中絶手術を受けることができない。家族に知られたくないオータムは、ただ一人気づいてくれた親友の従妹スカイラー(タリア・ライダー)の力を借り、手術に両親の同意を必要としない隣州のニューヨークへと2人で旅立つ。
常に大小の性暴力にさらされる女性の現実を、セリフではなく、彼女たちの横顔と揺れ動く表情で浮き彫りにしている本作。母親になる想像ができないと口にしたオータムが病院で中絶を非難するビデオを見せられるシーンは、ドキュメンタリー的な手法も相まってもはやホラーでしかなく、中絶へのアクセスが困難になった米国の少女たちが直面している恐怖を体感し震え上がった。一方の我が国では、世界から30年遅れて経口中絶薬がやっと認可されたと思ったら、費用は10万円、配偶者の同意が必要だという。誰の体のことだと思っているのだろうか。そっか、私たちは産む機械なんだった。「男だったらと思う?」「いつも」少女たちの会話が生々しくて、大人になったって同じように思うことがないわけじゃないのが哀しい。
■それでも理解したいと手を伸ばし続けることだけが誠実さ
まだ自分の形すら曖昧だったあの頃、経験がないから、知らないから、胸の中に沸いた感情を名付けることもできなくて、歯がゆい思いばかりをしていた。『トムボーイ』(2011年)は、そんな揺れ動く子どもの気持ちを繊細に丁寧に捉えた作品だ。
夏休み中に妊娠中の母と父、幼い妹と引っ越してきた10歳のロール(ゾエ・エラン)は、新しい土地で出会った少女リザ(ジャンヌ・ディソン)に男の子と間違われたことから「ミカエル」と名乗り、少年として地元の子どもたちと遊ぶようになる。夏の終わりには新学期が待っていて、嘘をつき続けることはできないとわかっていながら、ロールは妹にも協力してもらってTシャツを脱ぎ捨ててサッカーをしたり、ガールフレンドを作ったり、少年としての毎日を謳歌する。
自然光の中で生き生きと楽しそうに走り回る子どもたちの笑顔が眩しい。恐らく自分の中でも決めきれてないし決める必要もないであろう、ロールの中に生まれたジェンダーの揺らぎを、けれど大人たちは許さない。後半、母に無理やり女の型に嵌められようとした時のロールの屈辱感や絶望は見ていて胸が張り裂けそうになり、2011年の製作だと知ってかえって安堵した。ロールの求めるままにロールらしさを受け入れる妹のいじらしさや、最後にリザと対面したロールが見せた表情に救いを感じた。
わかっているつもりでわかっていなかったことだらけだな、と思う。どんなに想像の翼を広げたところで、他人の痛みを本当のところまで知ることなんてできない。できないとわかっていても、それでも理解したいと手を伸ばし続けることだけが誠実さと言えるのだと思う。
『Girl/ガール』(2018年)はトランスジェンダーの少女の葛藤を、近い位置のカメラからそのままに描き切る。目をそらすな、と言わんばかりに。トランスジェンダーの少女ララ(ビルトール・ポルスター)はバレリーナを目指した果てしない努力の末、難関バレエ学校への入学を許可される。厳しいバレエレッスンやララに対するクラスメイトの視線、ホルモン療法ではなかなか変化しない己の体に苦しみ、ララは焦りの中でどんどん孤独を深めていくようになる。
ララを演じているのがシスジェンダーの俳優であることや、彼女が最後に選ぶ手段についての批判がある、という点を踏まえたうえで、それでも痛いほどに伝わってくるララの生きる現実の息苦しさ。ララやララに心を寄せる人々に私は何ができるだろうとずっとずっと、考えている。
思春期の少年少女たちの心の葛藤は大人になった今だからこそ、適切な距離を持ってその痛みをまっすぐに受け止めることができる。あの頃の自分を今から助けてあげることはできないけれど、あの時の痛みの意味を映画の中から知ろうではないか。
文=宇垣美里
宇垣美里●1991年生まれ 兵庫県出身。2019年3月にTBSを退社、4月よりオスカープロモーションに所属。現在はフリーアナウンサーとして、テレビ、ラジオ、雑誌、CM出演のほか、女優業や執筆活動も行うなど幅広く活躍中。
放送情報
少年の君
放送日時:2023年7月11日(火)20:30~、29日(土)8:00~
17歳の瞳に映る世界
放送日時:2023年7月12日(水)21:00~、29日(土)14:00~
トムボーイ
放送日時:2023年7月13日(木)21:30~、29日(土)10:30~
Girl/ガール
放送日時:2023年7月14日(金)21:00~、29日(土)12:00~
チャンネル:スターチャンネル1
トムボーイ
放送日時:2023年7月7日(金)6:50~
チャンネル:スターチャンネル2
(吹)Girl/ガール
放送日時:2023年7月16日(日)17:00~、26日(水)5:00~
チャンネル:スターチャンネル3
※放送スケジュールは変更になる場合があります
詳しくはこちら