11歳から演技を始めて子役としても活動していたザック・エフロン。2006年からの「ハイスクール・ミュージカル」シリーズの主人公に抜擢されてブレイクを果たし、ティーンの間でアイドル級の人気を集めた。ミュージカル映画「ヘアスプレー」(2007年)や青春コメディ「セブンティーン・アゲイン」(2009年)など、話題作に次々と出演。ロバート・デ・ニーロと共演したバディ・コメディ「ダーティ・グランパ」(2016年)のほか、ヒュー・ジャックマン主演のミュージカル・エンターテインメント「グレイテスト・ショーマン」(2017年)にもメインキャストとして起用され、実力を磨いてきた。

映画デビューから20年以上を経た現在、ティーンアイドルだったエフロンは確かな実力を持つ俳優へと成長した。そんな彼の演技力の高さが改めて評価された作品が「アイアンクロー」(2023年)だ。4月27日(日)にＷＯＷＯＷシネマで放送される本作は、プロレス界の伝説にして"呪われた一家"と呼ばれたフォン・エリック家の衝撃の実話を映画化した人間ドラマ。

巨大な手で対戦相手の顔面をわしづかみする必殺技"アイアンクロー(鉄の爪)"を生み出し、1960～70年代に一世を風靡した伝説的プロレスラー、フリッツ・フォン・エリック。元AWA世界ヘビー級王者フリッツは、息子たちを一流レスラーに育て上げて"史上最強の一家"となる野望に燃えていた。

次男ケビン、三男デビッド、四男ケリー、五男マイクら厳格な父を愛する息子たちはレスラーとしてデビューし、才能を開花させていく。最強への道を着実に歩んでいた一家だが、次々と不幸に見舞われてしまう。若き日のケビンを中心に、プロレス界に歴史を刻んだフォン・エリック家の知られざる実話を、家族の愛情と葛藤のドラマとして描き出した。

エフロンは、一家の次男ケビンを演じた。幼い頃に長男を亡くしているため兄弟の中心的存在だったケビンは、家族を愛する強く優しい男だ。家族と一緒にいたいと純粋に願い、厳しすぎる父親も敬愛し、弟たちとの強い絆を大切にしている。兄弟でじゃれ合う姿は微笑ましく、見事なロープワークも駆使した緊迫した試合に熱く魅せられる。演技力に加えて、高い身体能力と愛らしさも持ち合わせる彼にとって、ハマり役と言えるだろう。

厳しいトレーニングと肉体改造を行い、外見も内面もケビンに近づけた。ティーンの頃とは異なる精悍な顔つきに、作品に懸ける覚悟を感じさせる。鍛え上げられた筋骨隆々の肉体に仕上げてきた別人のようなエフロンの姿が、最強を目指し人生を懸けて闘ったケビンに重なる。

兄弟に重くのしかかる期待とプレッシャー、挫折や葛藤、そして悲しみ。力強いハグには愛がこもり、優しい微笑みに家族といる喜びを滲ませる。喪失に沈む背中や揺れる瞳、不器用な言葉よりもその存在のすべてでケビンとして生きている。次々と襲いかかる不幸と自分を縛りつける価値観に立ち向かい、家族への愛を力に変えて生きた一人の男を、エフロンは多面的に表現してみせた。

長編デビュー作「マーサ、あるいはマーシー・メイ」(2011年)が数多くの映画賞にノミネートされ高い評価を受けたショーン・ダーキン監督は、幼い頃からプロレスに夢中だったという。朝食やトレーニングなどささやかな日常、幸せの象徴のような結婚式にも、兄弟と家族の絆を感じさせた。フォン・エリック家への深いリスペクトを持つダーキン監督だからこその手腕が光る。

また、大熱戦のプロレスシーンはエフロンら俳優たちが実演し、1980年代の試合を情熱を持ってリアルに再現した。プロレスにまつわる栄光と挫折を輪郭としながら、家族の絆や兄弟愛、その裏にある呪いを打ち破る姿を情熱的に描き出した本作。単なるスポーツ映画の枠を超えたヒューマンドラマの傑作だ。

文＝中川菜都美