長谷川町蔵が語る、大ヒットシリーズ『BTTF』が見せてくれたもの

■はじまりは「ティーンも楽しめるノスタルジック青春映画」

「それって『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいなやつ？」

『アベンジャーズ／エンドゲーム』(2019年)にはこんな台詞がある。台詞の主はスーパーヒーローのひとりアントマン。全宇宙の人口が半減したことを知った彼は、量子の世界を経由して過去にタイムトラベルすれば、歴史を改変できると提案する。しかし仲間からタイム・パラドックスの危険性を指摘されたため、思わずこうした言葉を返したのだ。このシーンが象徴するように、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』（以下、『BTTF』）とはアメリカ人なら誰もが知っていて当たり前の超メジャー映画なのである。

『BTTF』の直接的ルーツといえる作品は『アメリカン・グラフィティ』(1973年)だろう。1960年代初頭のアメリカ郊外をドリーミーに描いた同作のヒットをきっかけに、ハリウッドではノスタルジックな青春映画のブームが沸き起こった。こうした中で発表された映画の一つがビートルズ全米上陸の夜を描いた『抱きしめたい』(1978年)だった。製作総指揮はスティーヴン・スピルバーグ、クリエイターはロバート・ゼメキス(監督、脚本)とボブ・ゲイル(製作、脚本)のコンビ。このチームが再度ノスタルジック青春映画に取り組んだのが、『BTTF』だったのだ。

しかし1980年代の到来とともに青春映画の観客層は大人からリアルタイムのティーンに世代交代しつつあったため、ゼメキスとゲイルは「ティーンも楽しめるノスタルジック青春映画」の製作を迫られた。かくして1985年に生きるロック好きの高校生マーティが、年の離れた親友ドクの作ったタイムマシンで、両親が高校生だった1955年にタイムトラベルするという秀逸なアイデアが生み出されたというわけだ。

このアイデアは予想以上の効果をもたらした。『抱きしめたい』でも当時のポップカルチャーを知る人にはニヤリとする形で描写されていたのだが、『BTTF』では現代人の代弁者マーティがツッコミを入れることで、時代のズレを笑う強烈なギャグへと昇華されたからだ。

カルバン・クラインのアンダーパンツを履いたマーティが、若き日の母親から「カルバン」と呼ばれ続けたり(1955年にはブランド名が書かれた下着は存在しなかった)、当時は粗悪なものが多かった日本製商品を腐す大人にウォークマンをこよなく愛するマーティが「日本製は最高だ！」とキレたりするシーンがそれだ。

こうしたギャグに加えて、マーティとドクを演じたマイケル・Ｊ・フォックスとクリストファー・ロイドがそれぞれ「ファミリー・タイズ」と「タクシー」というコメディドラマでブレイクした俳優だったことも、コミカルなテイストに拍車をかけた。1985年に公開された『BTTF』はメガヒットを記録したが、それは当時を知る大人たちと子ども世代のティーンがともに映画館に足を運んで大笑いしたからに違いない。

■『PART3』の舞台が西部開拓時代である理由とは？

同作の大ヒットを受けて、1989年には続編『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』が公開された。予告編では2015年の未来のシーンがフィーチャーされていたため、てっきり観客は全編未来を舞台にした物語とばかり思っていたのだが、ゼメキスとゲイルはあっと驚くツイストを用意していた。

というのも、クライマックスのシーンの舞台は再び1955年、しかも前作のクライマックスと同じ場所で展開されるのだ。マーティは前作の彼自身にバレないように隠密にミッションをこなさなければいけないというわけだ。もう分かったはず。『アベンジャーズ／エンドゲーム』のプロットは明らかに『PART2』を参照している。だからこそアントマンは作品名を口にしてリスペクトを表明したのだ。

『PART2』には、ゼメキスとゲイルが意図していなかった見どころもある。同作で描かれた「歴史改変された1985年」には、悪役ビフが経営するカジノホテルが登場するのだが、そのホテルは当時アトランティック・シティに開業したばかりの「トランプ・プラザ・ホテル・アンド・カジノ」をモデルにしていた。オーナーの名はドナルド・トランプ。そのためビフ(ファッションがトランプ風なことに注目！)が支配する1985年の街は、まるでトランプ政権下の分断されたアメリカ社会のように見えてしまう。

そんなディストピアな現代を変えるべく、マーティが完結編『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3』(1990年)でタイムトラベルする先が、西部開拓時代の1885年であることには理由がある。なぜならこの時代のアメリカ社会には支配階級はまだ固定されておらず、移民たちがゼロから未来を作りだしていたから。名もなき人々の勇気の積み重ねこそが歴史であることを学んだマーティは、現代に戻ったあとデロリアンを使わずに自分の運命を変えようと試みる。

ちなみに現実世界のトランプ・プラザ・ホテル・アンド・カジノは2014年に経営破綻。長年放置されていたが、2021年2月にダイナマイトで爆破解体されている。

文＝長谷川町蔵

長谷川町蔵●ライター＆コラムニスト。「映画秘宝」「CDジャーナル」「EYESCREAM」などに連載中。著書に「インナー・シティ・ブルース」(スペースシャワーブックス)、「文化系のためのヒップホップ入門1～3」(アルテスパブリッシング／大和田俊之と共著)、「ヤング・アダルトU.S.A.」(DU BOOKS/山崎まどかと共著)など。人生で最も観た映画は『ブレックファスト・クラブ』。

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