南米コロンビアが舞台の『ミラベルと魔法だらけの家』(2021年)で作曲を手掛けたリン=マニュエル・ミランダ。彼が大学2年生の時に原案を創作したミュージカル「イン・ザ・ハイツ」は、マンハッタンの移民の街ワシントン・ハイツを舞台に、人生の転機を迎える若者たちの姿をヒップホップ、ラテン、ラップなどの音楽と共に描く80分の小品だった。
やがて改訂を経てオフ・ブロードウェイで上演された際、劇作家キアラ・アレグリア・ヒューディーズの目に留まる。ヒューディーズはミランダの「家族の歴史と自分のルーツを大切にしている」作風に自身との共通点を見出し、「イン・ザ・ハイツ」のブロードウェイ上演実現をあと押し。こうして2008年、ブロードウェイで初演された「イン・ザ・ハイツ」は大成功を収め、その年のトニー賞で作品賞を含む4冠を受賞、グラミー賞ではミュージカル・アルバム賞に輝いた。
ミランダが製作を兼ねて映画化が決まった際、ヒューディーズは「知名度を問わず、それぞれの役に最も適した俳優を選ぶこと」と助言。この助言に沿い、最初に決まった配役は主人公ウスナビ役のアンソニー・ラモス。もともとはミランダが自分のために書き、ブロードウェイの舞台で演じた役。彼自身も「ぜひアンソニーに演じてほしい」と希望していた。なお映画でミランダは、ハイツのかき氷売りのピラグエロを演じている。2015年に大ヒットミュージカル「ハミルトン」で主演・作詞・作曲を務め、一躍時の人となった彼の演技をスクリーンで観られるのもお楽しみだ。
■新しいのに懐かしい、新旧ミュージカルの融合
ミランダは「この物語は夢を求めて奮闘する人間を描いている」と言う。「故郷を離れる人、留まる人、進学する人...様々なキャラクターの物語が交錯する。人生賛歌をテーマに、彼らを阻むハードルを音楽にのせて表現している」とも語る本作では、ハイツの路上で移民たちが歌とダンスにのせて不満や心の傷をストレートに吐き出す。こうしたミュージカルならではのパワー溢れる表現に圧倒される。ちなみに、ヒューディーズはミランダに「ダンサーを若年層に限ってはハイツの実情が反映されない。自己流で踊る年配の人たちも選んでこそ、作品の日常の光景が描ける」とも助言、そちらも反映されている。
そうして描かれた映画『イン・ザ・ハイツ』は、『クレイジー・リッチ!』(2018年)のアジア系監督ジョン・M・チュウによって、ヒップホップやラテンミュージックの要素が前面に押し出され、これまで長く愛されてきたハリウッド製ミュージカル映画とは全く違ったリズムを持つ作品に仕上げられている。
だが同時に、ミュージカルをこよなく愛するミランダとチュウ監督は、この作品にハリウッド製ミュージカル映画の黄金期を彷彿させる演出を盛り込んでもいるのが楽しい。例えば、プールで「96.000」を歌い踊るシーンは、『水着の女王』(1949年)や『百万弗の人魚』(1952年)などMGMの水中レビュー映画を彷彿とさせる女性たちのパフォーマンス、さらにミュージカル映画の名匠バスビー・バークレーが確立した幾何学模様のモブシーンが盛り込まれている。
さらに、ダンスの名人として今なお愛されるフレッド・アステアが主演した名作『恋愛準決勝戦』(1951年)のパフォーマンスが、現代の映像技術を駆使し、若いカップルによって華麗に再現されている点も素晴らしい。新旧ミュージカルファンの胸をときめかす。
胸踊る音楽とダンスを楽しみながら、異質な文化が混ざり合いハーモニーを奏でるものこそ、演劇と音楽の融合で非現実的に現実を描くミュージカルの本質であり、それは、移民を受け入れることで、歴史を築き上げてきたアメリカという国そのものでもあるのでは?などと考えさせられる映画である。
文=渡辺祥子
渡辺祥子●1941年生まれ。好きな映画のジャンルはサスペンス&ミステリー。目下ギレルモ・デル・トロ監督の『ナイトメア・アリー』にぞっこん。日本経済新聞、週刊朝日、VOGUEなどで映画評を執筆。「NHKジャーナル」(NHKラジオ第1)に月1回出演。
放送情報
イン・ザ・ハイツ
放送日時:2022年4月14日(木)17:30~
チャンネル:WOWOWプライム
放送日時:2022年4月10日(日)21:00~、21日(木)15:30~
チャンネル:WOWOWシネマ
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