クリント・イーストウッドとリチャード・バートンが共演した戦争アクション大作『荒鷲の要塞』(1968年)。1979年には、「ルパン三世」のルパン役などで知られる山田康雄がイーストウッドを、「宇宙戦艦ヤマト」のナレーションや土方竜役でおなじみの木村幌がバートンの声を務めた日本語吹替版が地上波放送された。
映画専門チャンネル「ムービープラス」では、放送当時にカットされた36分の映像に追加で日本語吹替え音声を加えたノーカット版『荒鷲の要塞【ムービープラス吹替追録版】』を5月にTV初放送。そこで今回、追加収録を担当した声優の多田野曜平と星野貴紀へのインタビューを実施し、作品の魅力や大先輩にあたる山田や木村への思い、収録の舞台裏などを明かしてもらった。
■レジェンド声優、山田康雄と木村幌が作り上げたキャラクターを守る
『荒鷲の要塞』は、独軍に捕われた米軍将校の救出作戦を描いたアクション・サスペンス。多田野が演じるシェイファー中尉(イーストウッド)は救出チームに加わった米軍のレンジャー、星野はチームを率いる英軍情報部員のスミス少佐(バートン)という役どころだ。
多田野曜平(以下、多田野)「救出に向かうのは英軍の部隊で、ヤンキー(アメリカ人)はシェイファーただ一人というのがポイントです。任務が進むにつれチーム内で互いに不信感を募らせますが、そんな心の動きに注目して観ていただくとシェイファーという役の面白さもわかってきます。また、この作品は主役を務めることの多いイーストウッドが準主役で出演している珍しい作品でもあります」
星野貴紀(以下、星野)「スミスは仲間たちにも手の内を明かさず任務を遂行していきますが、その采配のさじ加減が非常にうまい。最後の最後まで予測できない展開で、初めて観た時は「こうなっちゃうんだ!」と驚きました。1周目、2周目と観るたびに新しい発見もあって、謎解きをしているような印象の作品ですね」
1979年に放送された地上波放送版の吹替えを務め、いまはともに鬼籍に入る山田康雄と木村幌は、言わずと知れた声優界のレジェンド。ビッグネームの追加収録にどのような気持ちで臨んだのだろうか。
多田野「山田康雄さんと僕は、テアトル・エコーという劇団の先輩後輩の間柄。お芝居だけでなく先輩方が作り上げたキャラクターも劇団の財産だと思っているので、キャラクターを守りたい、汚さないようにしなければ、という思いはありました。こういう機会にテアトル・エコーの名前が少しでも広まればいいな、なんてことも思いながらのお仕事でした」
星野「多田野さんがおっしゃったように、僕も学んだ環境によってそれぞれ流派のようなものがあると思っています。木村さんがいらっしゃった劇団の方ではなく自分に白羽の矢が立ったということで、木村さんのお芝居を一から学ばなければならない。そういう意味でもハードルの高いお仕事でしたが、同時に挑み甲斐もありました」
追加収録にあたってどんな準備をしたのか聞くと、返ってきた答えはそろって「何度も聞くこと」だった。
多田野「とにかくイーストウッド作品の吹替版を観て、テンポやリズムを頭の中に叩き込む。それから芝居に合わせて何通りかパターンを決めて練習します。今回は、自分がこれまでに山田さんの追加収録をした『ダーティハリー』シリーズや『夕陽のガンマン』も観たのですが、自分のパートの芝居がなってなくて恥ずかしくなりました。ところが、家で風呂に入ってリラックスしている時はうまくいくんです。山田さんの魅力はウィットに富んだ遊び心にあります。それなしに山田さんのイーストウッドはできないので、収録の時もリラックスして心に余裕を持つことが大事。やっぱり芝居はモノマネじゃなく、シーンに合わせて心がちゃんと動いていないとダメなんです」
星野「木村さんから離れないように、『荒鷲の要塞』をはじめ木村さんが吹替えをした作品を何回も視聴しました。その中でタイミングや発声の仕方、柔らかさを探りながら音を作っていく。いかに木村さんとの差をなくし、視聴者が聞きやすくできるかという部分も挑戦し甲斐がありました。心の余裕という話でいえば、僕は追加収録が初めてだったので、まずその状況が背中に重くのしかかりまして。どれだけ自宅で練習しても、現場でいつもの自分に持っていかないと100%にはならない。どう心に余裕を持たせるか、そこは苦労しましたね」
実際に役を演じるにあたってのポイントはどんなことだったのだろう。
多田野「シェイファーとスミス、2人だけのシーンが何度かありますが、相手を『あんた』呼ばわりする山田さんらしい皮肉っぽい言い回しが、映画が進むにつれ少しずつ消えていくんです。『なんで俺はこんな所に引っ張り出されてんだ』なんてセリフもあって、開き直った少し不良っぽい感じ。これまで僕がやってきた『ダーティハリー』や『ガントレット』などとはまた違った役どころでした」
星野「スミスの追加収録は映画の冒頭シーンが多いので、まだシェイファーと腹を割り合っていないんです。つまり2人の間の硬さをいかに表現するかがポイント。それと女性との絡みが何度かあるので、そのシーンの軟らかさとシェイファーとの硬さの差は意識したつもりです。また、リチャード・バートンは目の芝居が多かったので、空間を把握してからの声の変え方は特に気をつけました。木村さんのお芝居を踏襲して演じました」
■追加収録という、世代を超えたコラボレーション
戦争アクションとして時代を超えて高く評価されている『荒鷲の要塞』。自身が演じたシーンかどうかは問わず、お気に入りのシーンを挙げてもらった。
多田野「始まって27分過ぎくらい、先ほどの開き直ったような山田康雄さん節が炸裂するシーンがあるんです。『聞くとたまげることばっかりだ』とかはすごく良くて、あそこを何度も観て頭に叩き込みました。自分のパートとしては青野武さん(のシーン)。実は山田さん以外にも、青野さんが吹替えを担当したハッペン少佐(ダーレン・ネスビット)もやらせていただきました。家で2人を練習していたら、なんだか頭がおかしくなってきて(笑)。ちなみに山田さんのセリフはあまり口を開けず、逆に青野さんのセリフは口を大きく開けることで声を使い分けました。そのあたりもぜひご注目いただきたいですね」
星野「全体でいえばハッペン少佐がかっこよくてしびれました。初登場シーンでは誰が吹替えているのかわからなかったんですが、途中で青野さんだと気がついてからは目が離せなくなって。自分のパートでは、スミスが酒場で女の子にちょっかいを出して同じテーブルの軍人にたしなめられた時、『私はベルナルド・ヒムラー(ナチス親衛隊の指導者、ハインリヒ・ヒムラーの弟)だ』とドスを効かせるところ。キャラの振り幅が大きいので、やりがいがあって面白かったです」
放送時にカットされた欠落部分に声を入れていく追加収録。日本語吹替えの中でも特殊な位置づけとなるこの仕事を、2人はそれぞれの視点で有意義な作業だと位置づけている。
多田野「大雑把にいえば、テレビ放送が始まった1950年代に日本語の吹替えも始まりました。それから70年という時代の流れがあるけれど、DVDが登場してから先は、地上波と違って最初からノーカット。つまり吹替えの追加収録は、あるタイミングの作品だけのものなんです。時代の狭間にある今だけのとてもスペシャルなイベント、世代を超えたコラボレーションといえるんじゃないかな」
星野「個人のパーソナリティを知れば知るほど演技は充実してくるので、先輩方から芝居に関するいろんなお話を聞くのも大切なんです。でも、コロナ禍でそんな機会も少なくなり、芝居に対する考え方が伝わりにくい時代になりました。そんな中での追録のお仕事でしたが、先輩のお芝居を聞きながら、何をやりたかったのかを自分の少ない引き出しの中から引っ張ってきて声を作っていく。その一つ一つの作業が尊いものに感じられ、これからもやってみたいと思うようになりました」
プライベートで映画を観る時は吹替えと字幕、どちら派なのだろうか。
多田野「僕はキャスティングで選びます。あの声優がこの役をやるなら観てみたい、と思ったら吹替版ですね(笑)。でも、英語のリズムはまた違いますから、結局は両方観るんです。オフに観るにしても、こういう職業だから仕事になっちゃう。困るのは声を聴いただけで声優本人の顔が浮かんできてしまうことかな(笑)」
星野「僕は先に字幕版を観ます。最初に字幕版を観て、その映画をもっと観たいと思ったら吹替版でも楽しみますね。昔、地元の映画館は入れ替え制じゃなく、入ったらずっと居られたんです。吹替版がある作品は交互に上映していたので、まず字幕版を観て、そのまま吹替版を楽しんで帰るのが習慣のようになっています」
数々の吹替えをこなしている2人だが、今後チャレンジしてみたい役や作品について聞いてみた。
多田野「普段から役に大小はないと自分に言い聞かせてはおりますが、ぶっちゃけて言えば、どんな役とか作品かじゃなく主役がやりたいですね。大先輩の大木民夫さんは、主役はやったことがないけれど、常に主役を食っちゃう実力の持ち主。それに倣って僕もスタジオの隅で『主役を食ってやるぞ』という思いでどんな役でもやってきましたが、本当は主役をやりたい!以上、ぶっちゃけトークでした(笑)」
星野「コメディが好きなので、英国のコメディ番組『空飛ぶモンティ・パイソン』みたいな割とハチャメチャな感じの作品がやりたいですね。プレッシャーはあるんでしょうけど、共演者の人たちとアドリブを考えながら吹替えてみたり。あとは、家族みんなで楽しめるバラエティ寄りの作品にも挑戦してみたいです」
取材・文=神武団四郎
多田野曜平●1962年生まれ。ウィレム・デフォー、スティーヴ・ブシェミの声を担当。『ダーティハリー』シリーズや『夕陽のガンマン』、『荒野の用心棒』などでクリント・イーストウッドの追録部分で声をあて、『運び屋』ではイーストウッドの主演映画として初めて全編の吹替えを務めている。
星野貴紀●1980年生まれ。『ジャスティス・リーグ』ほかDCユニバース作品や『コードネーム U.N.C.L.E.』などでヘンリー・カヴィルの声を担当。このほか、「プリズン・ブレイク」や「SUITS/スーツ」などの海外ドラマでも活躍している。
放送情報
荒鷲の要塞【ムービープラス吹替追録版】
放送日時:2021年5月16日(日)21:00~、31日(月)10:30~
チャンネル:ムービープラス
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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