物語は、意外なシーンから始まる。人口1千人余りの山間の村・神和田村で唯一の医者・伊野が、白衣だけ残して失踪してしまったのだ。村人に信頼されていた伊野の診療所には多くの人が集まり、刑事も調査のために姿を見せていた。そこへ、そんな人々などいないかのような勢いで現れたのが、相馬だった。田んぼに飛び込み、稲をかき分けて何かを、恐らくは伊野の姿を必死で探し始める。切迫感と必死さが入り混じったその姿と表情に、冒頭から心を掴まれてしまうのは、永山の演技の迫力があってこそだろう。
そして、場面は伊野の失踪前に切り替わり、相馬が車を転がして診療所に向かうシーンが映し出される。携帯で友人と話しながらハンドルを握る姿はチャラい若者に見えるが、その後、運転を誤って診療所に運び込まれ、伊野に振り回されて縮こまる姿は大人しい好青年といった印象だ。
研修医として働き始めてからは、相馬という青年の医療に対する姿勢を、その演技で強く印象付けてくれる。伊野をサポートして患者に挿管するシーンでは、一瞬だが真剣さに満ちた眼差しが映し出される。また耳が遠い老人には、服用する薬の説明を大きな声で、根気よく繰り返したりもする。医師の使命に真摯に取り組む相馬の姿には好印象しかないし、それでいて白衣の下にはショートパンツを履いていたりと、そんなギャップにも相馬という青年の人物像がよく現れている。
永山が相馬という人物をしっかり作り込んだからこそ、本作はより味わい深く、生死と向き合う難しさが伝わってくると同時に、説得力に満ちた作品となったのだろう。
やがて相馬は、「研修が終わったら再び村に来たい」と伊野に伝える。これまでに見せてきた真剣さ、村人たちと触れ合う姿、また伊野への敬意があるからこそ、その想いに納得できるし、伊野が失踪へと繋がる言葉を口にしてしまうことにも納得がいく。
本作は数多くの映画賞を受賞していて、永山自身も第33回日本アカデミー賞の優秀助演男優賞ほか、複数の賞を受賞している。伊野がなぜ疾走したのか、その理由を追うと同時に、永山が作り込んだ相馬啓介という人物の奥行きと魅力にもぜひ注目して本作を見てほしい。
文=堀慎二郎
放送情報【スカパー!】
ディア・ドクター
放送日時:2024年1月6日(土)15:45~
チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合がございます
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