しかし、ある時から夏月の様子が変わる。偶然、職場の店を訪れた中学の同級生から、同じく同級生だった佐々木佳道(磯村勇斗)が地元に戻ったという話を聞く。その時の夏月の瞳は、遠いところにある何かを見つめているように見える。
SNSで同級生と会話中、佳道の話が出た時に微妙な笑みを見せたり、同級生の結婚式で少し離れた席の佳道を意味ありげな目で見やったり。そういった細かい演技から、夏月にとって佳道が特別な存在であることが伝わってくる。
実は過去の回想として、中学の校舎裏の水道の蛇口を佳道が破壊し、吹き出す水を2人で浴びるシーンがあるのだが、お互いその時に通じ合う何かがあったようだ。夏月と佳道は同じ秘密、つまり"他人に知られたくない性的指向"を持つ者同士なのだろう。
そして佳道の帰郷により、夏月の中にあった葛藤があらわになる。佳道が別の女性といるところを目撃した際には、後を追いかけ佳道の自宅のガラスを割ったり、職場の友人と喧嘩して恐ろしい表情を見せたり、大晦日の夜に泣きながら車を走らせたりもする。もしかしたら自分の理解者となる佳道が離れていくかもしれない...そんな状況で、切迫したような焦りに苛まれ、死さえ考える夏月を見ていると、胸が詰まりそうになるほどだ。
しかし偶然、佳道と会った後は、穏やかで素直な夏月となり、共に過ごすことによって愛らしさも増していく。そういった夏月の変化には、"他人に理解してもらえない自分"を抱える人の苦しみやつらさ、その人が求めるもの、そして安堵する時間が凝縮されているように思う。それを表現し切った新垣の演技は見事というほかない。
佳道との時間や、稲垣演じる寺井との関わりまで、"他人と違う"ことを受け入れて生きる夏月の姿、それを余すところなく体現した新垣結衣の演技力を、じっくりと味わいながら見てほしい作品だ。
文=堀慎二郎
放送情報【スカパー!】
正欲
放送日時:2024年9月12日(木)20:15~、2024年9月22日(日)8:10~ほか
チャンネル:日本映画専門チャンネル
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