世界的人気を誇る北野武監督が、構想30年を費やしたという映画「首」(2023年)。"本能寺の変"を戦国武将や忍、芸人や百姓といった多彩な人物の運命と共に描く本作では、北野監督がビートたけしとして主演を兼任したほか、西島秀俊、加瀬亮ら豪華キャストが大集結。北野ワールド全開の時代劇に身を投じて生々しいまでの人間臭さを体現しており、その"特濃"の演技は圧巻だ。
「その男、凶暴につき」(1989年)、「HANA-BI」(1997年)、「座頭市」(2003年)、「アウトレイジ」3部作(2010〜2017年)など衝撃的な作品を次々と発表し、世界中の映画ファンを魅了してきた北野監督の約6年ぶりの最新作。北野監督が初期の代表作の1本「ソナチネ」(1993年)と同時に構想し、30年もの長期にわたって温めていた作品だ。第76回カンヌ国際映画祭のカンヌ・プレミアで公式上映されるなど公開前から大きな注目を集め、日本でのお披露目を迎えるや賛否両論を巻き起こしながらも熱狂的なファンを生み出した。
天下統一を目指す織田信長(加瀬亮)が、毛利軍、武田軍、上杉軍や京都の寺社勢力と激しい戦いを繰り広げる中、信長の家臣・荒木村重(遠藤憲一)が反乱を起こして姿を消してしまうことから物語は始まる。信長は羽柴秀吉(ビートたけし)、明智光秀(西島秀俊)ら家臣を一堂に集め、荒木一族全員の首を切ってもいいので村重を見つけろと彼らに命じる。秀吉は村重を利用し、信長と光秀を陥れ、天下を取ろうとひそかにたくらんでいた...。
家臣である光秀が信長に謀反を起こすという"本能寺の変"は、これまで数多くの作品で映像化されてきた。北野監督はこの歴史的事件から人間の業や欲、裏切りをたっぷりと浮き彫りにしてみせる。
冒頭から"首"が飛び、血が流れるバイオレンス描写も炸裂する本作だが、その中でこれでもかと狂気を爆発させて観る者を震え上がらせるのが、「アウトレイジ」シリーズでも北野組に参加してきた加瀬だ。完成報告会見の場で、北野監督が「加瀬くんは、みんなのイメージではない役をやらせたら力を出す人」と話していたのも印象深い。
そして光秀役の西島は、誰もが「狂っている」と感じるような武将たちの中で、美しいほどの凛とした佇まいを見せる。一方で村重との男色関係や、信長への忠誠心が怒りへと変わる瞬間など葛藤を握りしめる場面では繊細な演技が際立つ。北野映画に出演するのは「Dolls(ドールズ)」(2002年)以来、2度目となった西島だが、監督に向けてもしっかりと成長の証を示したはずだ。
そのほか、黒田官兵衛役の浅野忠信、羽柴秀長役の大森南朋は、秀吉役のたけしと絶妙なやり取りを繰り広げ、農民から成り上がろうとする難波茂助役の中村獅童はむき出しの野心を体現。遠藤憲一は、西島演じる光秀への愛や嫉妬心をあふれさせるなど、新鮮な一面をたっぷりと見せてくれる。豪華俳優陣が、北野ワールドでなければ見せられないような演技、表情を披露した作品といえよう。
北野監督の映画らしく、刺激的な笑いの要素やゾワっとするようなラストも圧巻だ。死と隣り合わせの時代を舞台に、人間は滑稽なものであり「どうせ誰もがいつかは死ぬのだ」という死生観がにじみ出す。喜劇性、悲劇性のどちらもあわせ持ち、北野監督の頭をのぞいたような感覚にもなれる特別な時代劇だ。
文=成田おり枝
放送情報【スカパー!】
首
放送日時:2025年1月11日(土)22:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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