菅田が演じる吉井は分かりやすい感情表現をしないため、この人は一体なにを考えているのだろうという得体の知れなさがある。しかし、吉井が"集団狂気"の標的とされ、暴走していく人々に追い込まれていく中で、観る者は吉井の目線になって、極限状態へと一緒に巻き込まれていく感覚を味わうはず。いつの間にか、吉井の一挙手一投足に釘付けになっていくのだ。

第81回ベネチア国際映画祭に正式出品された際、黒沢監督が「菅田将暉の善人とも悪人ともつかない絶妙な両義性が、この幸運を引き寄せてくれたのでしょう」とコメントしているように、菅田は人間の持つ矛盾や曖昧さという、演じるには極めて難しく、かつ黒沢作品には欠かせない要素を鮮やかに体現している。改めて彼の俳優力に驚くこと必至だ。

菅田のほかにも奥平大兼、岡山天音、荒川良々ら個性豊かな実力派が顔を揃えた本作だが、吉井の恋人の秋子を演じた古川琴音の存在感も圧巻。無邪気で陽気に見えながら、不思議でヤバい女という独特なキャラクター性を成立させてしまうのだから、さすがだ。

そして吉井の転売屋の先輩・村岡に扮した窪田正孝も忘れ難い。吉井へ感じている嫉妬や焦り、それをプライドで隠すような苛立ちまで、真に迫る演技で観客を魅了する。黒沢監督と役者陣の化学反応によって、現代社会の闇と人間の恐ろしさ、おかしみまでを体感させるような、唯一無二の映画が完成している。

文＝成田おり枝