北山宏光、6年ぶり主演舞台で実感する"役者としての変化" 令和に蘇る『醉いどれ天使』で挑む新境地
俳優
黒澤明と三船敏郎が初めてタッグを組んだ伝説の映画『醉いどれ天使』。戦後の混沌とした時代に生きる人々の姿を描いた本作は、1948年の公開以来、世界中で愛され続けてきた名作だ。その舞台版が2025年、新たなキャスト・スタッフによって再び蘇る。
主演を務めるのは、6年ぶりに舞台の中心に立つ北山宏光。三船敏郎が演じた若きやくざ・松永に挑む北山は、「令和の時代にこの作品をどう生きられるか」と語る。作品への思いや役作りへのアプローチを聞いた。
――まずは脚本をご覧になったときの感想を教えてください
「この歴史ある作品を自分が演じるという不思議さと責任感がありましたね。同時に、令和というこの時代に演じられるワクワク感もありました。これまでの『醉いどれ天使』は荒々しくも繊細な人間模様が描かれていて、それを今の時代に落とし込んだときにどう映るのか。そして観てくださる方がどう受け取るのか、その期待感が大きかったです」
――作品は元々ご存じでしたか?
「実は知らなかったんです。今回この作品に挑むことが決まってから拝見しました。登場人物たちが皆、何もかもを失った状態で、怒ることにも悲しむことにも疲れているのに、それでも生きていかなきゃいけない。その人間模様から強いエネルギーを感じましたね」
――コメントでも「令和にこの素晴らしい作品に携われることが光栄」とおっしゃっていました。まさにこの時代に『醉いどれ天使』を上演する意味を、北山さんはどう捉えていますか?
「この令和の時代に上演すること自体がまず面白いですよね。僕にとってエンタメは時代を超えて存在できるものだと思っていて。黒澤さんが描いた時代をまるでタイムスリップして持ってくるような感覚で演じられるのが魅力です。松永は生きたいけど死にたいといった、生と死の間で揺れる人間。その複雑な心境は、戦後の混沌とした時代だけでなく、現代にも通じると思います。闇市の情景は理解できなくても、人としての葛藤は今を生きる人にも響くはずです。むしろ恵まれた今の時代だからこそ、自分自身の矛盾や悩みに重ねて感じる人も多いかもしれません。結局どの時代も人は悩みを抱えながら生きていて、その生きる強さを観客が受け取ってくれたら嬉しいですね」
――主演舞台は6年ぶりとのことですが、その思いをお聞かせください
「もう6年も経ったんだ、って思いました(笑)。6年前は何してたかな、って振り返ったり。コロナ禍もあってエンタメのあり方も変化しましたし、環境も大きく変わりました。だから今回はまるで"1年目"みたいな感覚です。初めて舞台に立つような新鮮さがありますね。あの時期、ステージに立つことがどれだけ特別なことか痛感したので、今こうしてお客さんの前に立てることは幸せそのものです。数字で測れない価値があると思うし、観る人に何を届けられるかワクワクしています」
――作品を背負うプレッシャーもあると思いますが、そのあたりはいかがでしょうか?
「もちろんプレッシャーはあると思います。ただ、黒澤さんが撮られた映画と並べたら、普通に考えれば重圧になるんでしょうけど、僕自身は時代が違うからこそできることがあると思っています。僕が演じることで、同じ題材でも違った見え方になる。その違いをどう"料理"して届けるか、むしろ楽しみの方が強いですね」
――北山さんが演じる松永とご自身が似ている部分、共感できる部分はありますか?
「彼はすごく素直に全部を吐き出すんですよね。僕が同じ時代を生きていたら、同じように感情を吐き出していたのかもしれないと思います。松永は弱さと虚勢、荒々しさの間で揺れる人物ですが、それって男性なら誰もが持っているものじゃないですか。弱さに惹かれる女性もいるだろうし。自分の心の中にもそうした感情は確かにあるので、そこを引き出して役に繋げていきたいと思います」
――逆に「ここは自分とは違う」と感じる部分は?
「うーん、男としては理解できる部分は多いけど、性格的には似てないかもしれないですね。僕自身も、本当は柔らかく伝えた方がいい場面で、つい突っ張ってしまうことはありますけど(笑)」
――そういう経験は実生活でもありますか?
「ありますね。本当は優しく指導したいのに、可愛がっているからこそ強めに言ってしまう、みたいな。そんな感覚は僕自身にもあります」
――先ほど「素直」とおっしゃっていましたが、松永は死にたいけど死にたくない、生きたいけど生きたくないといった相反する気持ちを抱えている人物でもあります。北山さんはどう捉えていますか?
「確かに矛盾しているように見えますけど、人間って本来そういうものじゃないかなと思うんです。台本を読んでいる段階から『人間ってみんな矛盾しているものだよね』というところに着地しました。ましてや戦後の混沌とした時代、精神的に追い詰められている状況だからこそ、余計に共感できる部分がありました。経験したことはないですけど、ものすごく人間らしい人物だと思いますし、矛盾しているというより『そりゃそうだよね』と感じました。生きたいけど死にたい、そんな気持ちを抱えること自体が自然なんだと思います」
――松永を演じるにあたり、現時点で準備していることはありますか?
「まさに今、悩みながら模索しています。準備というよりは、自分が持っているスパイスを台本の上でどう活かせるかを探している感じですね。台本を変えるわけではなく、セリフの言い方や動きのニュアンスでオリジナリティをどう出していけるのか。僕がやる意味を見つけたいと思っています」
――模索中だと思いますが、現時点で「こう見せたい」というイメージはありますか?
「演出の深作さんと一緒に作っていくものなので、今の段階ではまだはっきりとは言えません。ただ、戦後の混沌とした時代、人々が荒々しく燃えるように生きていた中で、松永は"無骨だけど繊細"という人物だと思っています。そこに令和の今だからこそ、少し"艶"を加えてみたらどうなるのか。無骨さの中に艶っぽさがあるような松永を演じられたら、オリジナルのアプローチになるのかなと考えています」
――髪型やビジュアル面についても考えられているのですか?
「そうですね。髪型ひとつでも世界観を大きく左右すると思います。モノクロの世界観の中で、例えば土がついたような荒々しさを見せるのか、きちんと整えるのか。それだけでも印象は全く違いますから。過去のポスターなども見ましたが、時代とともに解釈が変わる面白さを感じています。その上でじゃあ自分が演じるならどうするかを考えることにワクワクしています」
――今回は共演者の方々も初めての方ばかりだと思うのですが、どんな印象ですか?
「ほとんど初めましてですね。会ったことがあるのは横山由依さんと阪口珠美さん、佐藤仁美さんくらいかな。岡田結実さんはお父さんと一緒にバラエティでご一緒したことがあって。実はみんなバラエティでしか会ったことがないんです(笑)。俳優として舞台でご一緒するのは初めてなので、そこがすごく楽しみですね。だって皆さん本職の方々だから、僕自身も新鮮な気持ちですし、きっと全然違う空気になると思います」
――渡辺(大)さんとは今回が初めてですか?
「そうですね。お会いしたことがないんです。役の関係性としてはバディ的な立ち位置になると思うので、年齢も近いですし、仲良くなれるといいなと思っています。どんな掛け合いになるのか、初対面だからこその新鮮さがあるんじゃないかな。第一声からすごく気になる存在です」
――演出を務める深作さんの印象についても教えてください
「ものすごくクリエイティブで物腰柔らかな方だなと思いました。一方的にこうだと押し付ける感じではなく、一緒にアイデアを出しながら作っていけるんだろうなと。もちろん深作さんの中にしっかりイメージはあると思うんですけど、その上で互いに寄り添いながら形にしていけそうで。そういう柔らかさに安心感がありますね。僕がこの『醉いどれ天使』をやる意味を、一緒に話し合いながら見つけていけるんじゃないかと思っています」
――先ほど「深作さんとアイデアを出し合いたい」とお話しされていましたが、北山さんご自身もそういうふうに作っていきたいタイプですか?
「理想を言えばそうですね。ただ、まとまらないこともあると思いますし、咀嚼の仕方が違ったりすることも多いので、まずは相手の意見を聞くことを大事にします。その上で自分はこう動いてみたいと提案することもあるかもしれないし、ないかもしれない。臨機応変にやっていきたいです」
――今回6年ぶりの主演舞台となりますが、この6年間でご自身の中で変わったと感じる部分はありますか?
「環境はもちろん変わりましたね。でも一番大きいのは台本の読み方です。以前はこのキャラクターはどういう生い立ちでと素直に理解して読んでいたのですが、今は"このセリフって嘘をついているんじゃないか"とか、"強がりなんじゃないか"と考えるようになりました。人間の感情は一つじゃなく、複雑に絡み合っているものだと前提にして読むようになったんです」
――そうした見方をするようになったきっかけはあるんですか?
「作品との出会いが大きいですね。『ただ離婚してないだけ』や『君が獣になる前に』などで、人間の感情がいかに複雑で単純ではないかを痛感しました。監督とお話しする中で人ってそんなに単純じゃないと気づかされて。そこから、役の裏側や矛盾も含めて読み取ろうとするようになりました」
――今年も幅広い挑戦が続いていますが、お仕事以外で挑戦してみたいことはありますか?
「バックパッカーです!若いうちじゃないとできない挑戦だと思うんですけど、ちょっと憧れがあって。実は20代の頃にインドへ行ったことがあるのですが、その経験がずっと心に残っているんです。もう一度インドに行きたいし、今度は東南アジアを巡って、西の方へ抜けていけたらいいなと。年を重ねた今だからこそ、これまでしてこなかった挑戦に憧れます」
――最後に劇場に足を運ぶ観客には、どんなふうに作品を受け取ってほしいですか?
「僕が思うのは、舞台を観終えて劇場を出て、電車に乗って、家に帰ってご飯を食べて寝るまで、ふとした瞬間にため息が出ちゃうような作品になればいいなということです。そのため息は決してマイナスではなく、余韻として残るもの。観た人それぞれが自分なりに感じたことを持ち帰れる、そんな舞台にしたいと思っています」
取材・文=川崎龍也 撮影=MISUMI
公演情報
舞台『醉いどれ天使』
原作:黒澤明 植草圭之助
脚本:蓬莱竜太
演出:深作健太
出演:北山宏光
渡辺 大 横山由依・岡田結実(Wキャスト) 阪口珠美 / 佐藤仁美 大鶴義丹 ほか
公演スケジュール:2025年11月7日(金)~23日(日)
会場:明治座
公演スケジュール:2025年11月28日(金)~30日(日)
会場:御園座
公演スケジュール:2025年12月5日(金)~14日(日)
会場:新歌舞伎座
ヘアメイク/大島 智恵美
スタイリング/柴田 圭
衣装クレジット:
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