「ゾンビ作品」と聞くと、大半の人がゾンビから逃げ惑う、いわゆる「パニックホラー」を思い浮かべるのではないだろうか?
ゾンビの出現により、訳が分からないまま逃げる主人公は、仲間を失う悲しみを乗り越えながらゾンビ撲滅に尽力していく...。このステレオタイプなストーリー展開は、ゾンビ作品愛好家にとっては外してほしくない王道な展開であろうし、それを期待している部分は少なくないだろう。彼らは展開を楽しむというより、急に現れたゾンビに叫喚することでストレスを発散したいという欲求をどう満たしてくれるのかということに重点を置いているからだ。一方で、そういったことに重点を置かない人たちには響かない、いわば"好きな人にだけ刺さるジャンル"として確立してしまったきらいがある。
そんな中、ゾンビ作品というジャンルに新しい風を吹き込んだのが「ウォーキング・デッド」シリーズだろう。映画並みの映像で愛好家たちの期待に存分に応えながらも、主要キャラクターが死んでいくという空前のストーリー展開と、「人間vsゾンビ<人間vs人間」という人間ドラマをメインに描くことで、これまでゾンビ作品に興味がなかった人たちを取り込んだからだ。
「ウォーキング・デッド」以来、逃げ惑う姿を主軸としたパニックホラーという"色"に、他の"色"を混ぜて化学反応を起こす手法が増えつつある。2018年にエンタメ界を席巻した映画「カメラを止めるな!」もその1つに挙げられるだろう。そんな新しいうねりを迎えたこのジャンルにさらに新しい息吹を注ぎ込んでいる作品が、ドラマ「ゾンビが来たから人生見つめ直した件」だ。この作品が4月25日(土)にファミリー劇場で一挙放送される。
同ドラマはNHK制作の作品で、「NHKだからどぎついグロテスクさはないだろうし、恐怖をあおらないタイトルだから"パニックホラー・コメディ"なのか?」とも思ってしまうし、公式HPでは「NHKドラマ×ゾンビ 異色のコラボ!」と銘打ってNHKの新たなチャレンジ作品であることを訴えているのだが、その文言だけでは愛好家ではない者は食指が動きにくい印象がある。だが観てみると、そのチャレンジの成果はNHKだけに留まらずゾンビ作品のジャンルを進化させるところにまで及んでいることが分かるはずだ。
ストーリーは、不倫した夫と別居中の主人公・みずほ(石橋菜津美)が郊外の町である地元で同級生の柚木(土村芳)、美佐江(瀧内公美)と一緒に暮らしていたある朝、近所の山中の施設が炎上したというニュースが流れ、町にはゾンビが発生し始める。異変に気付かないみずほは立ち寄ったコンビニでゾンビに襲撃される、という展開から始まる。
この王道中の王道なストーリーの中で描かれるのは、キャラクターたちの現代社会における葛藤や不安、欲望といった心の動きと、そこから端を発した人間模様で、決して「"異常な世界"での葛藤や不安をメインに描いたものではない」というところが新しい。ゾンビが出現するという異常事態をメインではなく登場人物たちの心情の発露をきっかけとして作用させ、それによって人生を見つめ直していくという、まさにタイトル通りの人間ドラマが繰り広げられていく。
ストーリーでは、会社が倒産してコンビニでアルバイトをしているみずほの父親のやるせなさと父親としてのプライドや、家計の事情で未来が見通せない状況の中、なんとか東京の大学に進学して鬱屈した環境を変えたいみずほの妹の心情、夫の浮気相手が美佐江だと判明し、コンビニ内が三角関係の修羅場と化したことで明らかになる3人のそれぞれの本音など、登場人物たちが普段はあえて口にしなかった危機感や不満が、住む世界が"異常な世界"に一変したことで噴出していく。
そんな登場人物それぞれが持つ悩みや葛藤は、現代社会で暮らす人々がごく普通に抱えているそれで、大多数の人々が解決する方法も見つけられないまま蓋をして生きているようなものばかり。だからこそ視聴者は登場人物の誰かに共感してすんなり感情移入することができるし、劇中の"異常な世界"をすんなりと受け入れられる。加えて、実力派で揃えられた俳優陣の説得力ある芝居が作品への没入感を後押ししていることも触れておきたい。
"異常な世界"になったことで、ありふれたものではあるが決して無視することのできない葛藤や不安と向き合った登場人物たちがたどり着いた答えを、"普通の世界"で生きる我々はどう受け止めるのか?ゾンビ作品ジャンルの新しい風を感じながら、自分なりの受け止め方を見つめてみてはいかがだろうか。
文=原田健
放送情報
ゾンビが来たから人生見つめ直した件
放送日時:2020年4月25日(土)22:15~
チャンネル:ファミリー劇場
※放送スケジュールは変更になる場合がございます。
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