■東映の一時代を築いたトップスター・鶴田浩二の活躍
戦後最大のスターと言われる鶴田浩二(1924年生~1987年没)。終戦までは海軍航空隊に所属し、特攻隊として空に散っていく仲間たちを見送る青春を過ごしたあと、松竹から映画デビュー。瞬く間に男性トップアイドルの座に躍り出る。以降も俳優・歌手として、62年の生涯、昭和という時代を芸能界の第一線で駆け抜けた。
そんな鶴田浩二が、中年期において圧倒的な人気を博したのが東映の任侠映画である。このジャンルの本格的な第一作とされる『人生劇場 飛車角』(1963年/監督:沢島忠)で主演を務め、破格の大ヒットを記録。本作の成功を皮切りに、東映は鶴田と高倉健を任侠映画の二枚看板にして、昭和40年代を中心に数々のヒット作を放っていった。
鶴田主演の任侠映画では、同ジャンルの頂点と評される『明治侠客伝 三代目襲名』(1965年/監督:加藤泰)や、作家・三島由紀夫がギリシャ悲劇のようだと絶賛した「博奕打ち」シリーズの第4作『博奕打ち 総長賭博』(1968年/監督:山下耕作)が特に傑作として名高い。だがこれらの作品も、プログラムピクチャーと呼ばれる撮影所の猛烈な量産体制から生まれたもの。この種の映画はできれば「作品群」として浴びるように楽しみたい。そして新作公開のたびに熱狂的な支持を集めた鶴田浩二の「作品群」が、「人生劇場」シリーズや「博徒」シリーズ、そして今回ご紹介する「関東」シリーズの全5作である。
監督はすべて小沢茂弘。大正時代を背景とし、鶴田の他には村田英雄、大木実、藤純子(現・富司純子)、桜町弘子、藤山寛美、内田朝雄、山城新伍、そしてあの歌手・北島三郎らが出演者としてシリーズを彩る。
●『関東流れ者』(1965年4月18日公開)
●『関東やくざ者』(1965年7月10日公開)
●『関東破門状』(1965年10月31日公開)
●『関東果し状』(1965年12月31日公開)
●『関東やくざ嵐』(1966年5月3日公開)
なんとわずか1年あまりの間に、全5作が矢継ぎ早に放たれたという驚くべきスピード。なおシリーズものと言っても現在の一般イメージとは違って、明確なつながりのある続編というわけではなく、物語の舞台や演じている役柄はそれぞれ違ったりする。あくまで別個の作品だが、なんとなく設定やカラーの似た連作くらいの枠組みでざっくり捉えていただきたい。
■王道だからこそ美しい、鶴田演じる「粋な男」
第1作『関東流れ者』では、栃木県・宇都宮の大谷組を飛び出し、渡世人になった大谷清次郎(鶴田)の運命が描かれる。鶴田の名曲「無情のブルース」(作詞:木賊大次郎、作曲:小西潤)が初めて使用された映画であり、挿入歌として北島三郎が「兄弟仁義」(作詞:星野哲郎、作曲:北原じゅん)を歌う。リアルタイムでは、高倉健主演の名作『網走番外地』(1965年/監督:石井輝男)と同時上映で公開された。なお日活に渡哲也主演の『関東流れ者』(1971年/監督:小澤啓一)という同じタイトルの作品があるが、内容はなんの関係もない。
第2作『関東やくざ者』では大正7年からの米騒動が物語の起点となる。宇都宮に一家を構える親分・大谷清次郎(鶴田)はこの騒動を収めようとするが、やがて混乱に乗じた政権奪取の陰謀が暗躍する。権力の座を狙う政党幹部と手を組み、敵役となるスーツ姿の経済ヤクザを快演するのが丹波哲郎だ。鶴田の主題歌は「男なら」が使用され、劇中ではまたしても北島三郎が「兄弟仁義」をミュージカルさながらに歌う。
第3作『関東破門状』は大正末期が舞台。鶴田は関東の南を治める黒田一家の小頭・秩父弥三郎を演じる。第4作『関東果し状』も似た時代設定で、鶴田は土建業界で信頼を集める滝井組の組長・滝井政次郎に扮する。第5作『関東やくざ嵐』では敵対する組長を刺殺した梵天一家の小頭・尾形菊治(鶴田)が、6年の刑期を終えて出所する。足を洗って土木請負業に従事する菊治だが、いつしか冷酷な柳という男が一家の跡目を継いでいた...。この敵役となる、利権を狙う経済ヤクザに扮した天知茂の怪演がすごい。
以上、あらすじや初期設定をざっと説明したが、いずれも鶴田浩二が演じたのは「耐える男」という任侠ヒーローだ。「ぐっとこらえて怒りの鶴田。一生一度のドスの雨!」とは『関東流れ者』のキャッチコピーだが、どの作品も鶴田扮する主人公は昔気質の高潔なヤクザであり、曲がったことが大嫌い。そんな彼が、仁義を破って私利私欲を貫こうとする敵側に対して怒りを持って立ち上がる。
まさしく鶴田が体現したのは任侠映画というジャンルの最もベーシックな様式美であり、ヤクザの世界であっても秩序や正しさといった価値観の側にいる。これは近年の映画などでよく描かれる「和製ギャング」のようなヤクザ像とは大きく異なるものだ。はぐれ者であることの慎みと、移りゆく時代や理不尽な運命への葛藤や悲哀を背負った、日本独特の「粋な男」の美学。
耐えて、耐えて、限界まで耐えて、もう我慢ならねえ!という臨界点に達して、ようやく刀を抜く。この「偉大なるワンパターン」で繰り返される、鶴田浩二の完全無欠の格好良さに酔い痴れたい。
文=森直人
森直人●1971年生まれ。映画評論家、ライター。著書に「シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~」(フィルムアート社)、編著に「21世紀/シネマX」「シネ・アーティスト伝説」「日本発 映画ゼロ世代」(フィルムアート社)、「ゼロ年代+の映画」(河出書房新社)など。YouTubeチャンネル「活弁シネマ倶楽部」でMC担当中。映画の好みは雑食性ですが、日本映画は特に青春映画が面白いと思っています。
放送情報
関東流れ者
放送日時:2021年10月3日(日)20:00~、10日(日)20:00~
関東やくざ者
放送日時:2021年10月4日(月)20:00~、10日(日)22:00~
関東破門状
放送日時:2021年10月5日(火)20:00~、11日(月)20:00~
関東果し状
放送日時:2021年10月6日(水)20:00~、11日(月)22:00~
関東やくざ嵐
放送日時:2021年10月7日(木)20:00~、12日(火)20:00~
チャンネル:東映チャンネル
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