2020年公開の映画『ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-』。本作は、「さよならドビュッシー」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した中山七里の刑事・犬養隼人シリーズを原作としている。"ドクター・デス"と呼ばれ、130人もの患者を安楽死させた実在の医師ジャック・ケヴォーキアンをモデルに描かれた禁断のクライム・サスペンスだ。独特の雰囲気を持つ俳優・綾野剛が犬養役を務めた。
2003年に若手俳優の登竜門とも言われる仮面ライダーシリーズ「仮面ライダー555」で俳優デビューして以来、主役脇役を問わず様々な役に挑戦してきた綾野。ドラマ「Mother」(2010年)では幼女を虐待する男を演じきり、その凄みのある演技は大きな注目を浴びた。NHK連続テレビ小説「カーネーション」(2012年)ではヒロインの恋の相手役に抜擢。短い登場ながらも視聴者の心を掴み、その名を一躍全国に知らしめる。その後、園子温監督による映画「新宿スワン」シリーズ、ヒューマン医療ドラマ「コウノドリ」(2015、2017年)など様々な作品で主演も務めた。これまではどちらかといえば、恐ろしく冷たい印象や女性を虜にする色男といったイメージも先行していたが、「コウノドリ」での命に真摯に向き合う心優しい産婦人科医もはまり役だった。全く印象の異なる役柄を演じ分けてきた綾野はカメレオン俳優とも評される。
本作『ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-』でも、また異なる顔を見せた。綾野が演じるのは破天荒な直感型の刑事・犬養。強い信念を持つ情熱あふれる刑事であり、1人娘を男手一つで育てるシングルファーザーでもある。安楽死を手口とする連続殺人犯ドクター・デスが仕掛ける事件を捜査する中で、"命の尊厳とは何か"を自問し悩み翻弄される難役だ。
安楽死や尊厳死が合法化されていない日本において、ドクター・デスの行為は犯罪である。しかし患者本人や家族が置かれた状況はそれぞれで、その本当の苦しみや思いはきっと誰にも分からない。ゆえに決まった正しい答えなどない、非常に繊細で難しい問題だ。それでも、妻に先立たれ、腎臓を患う愛娘を持つ刑事の犬養はその行為を許容することはできない。木村佳乃や柄本明らベテラン勢が演じる事件の関係者を尋問するシーンで見せた、怒りや悲しみがにじむ瞳にも圧倒された。
さらに物語が進むにつれて、綾野は感情を剥き出しにしていく。それとは反対に北川景子が演じる、冷静沈着な分析型の刑事・高千穂とのコントラストも鮮やか。両極端な性格だが警視庁捜査一課のNo.1コンビとして現場を駆け抜ける2人のバディ感もいい。高千穂が暴走する犬養を止めるために迷いなくお見舞いする一発も痛快だ。
涼やかな目から狂気や色気だけでなく情熱や優しさをも漂わせる綾野。作品ごとに役とぴったり同化し、本当は何者なのかと惑わされるほどに強烈な印象を残してきた。命と死と人間の尊厳と、原作とは違う形で重い難題に挑戦している本作では、綾野剛の狂気と熱さが色濃く存在していた。
文=中川 菜都美
放送情報
ドクター・デスの遺産-BLACK FILE-
放送日時:2022年4月9日(土)21:00~
チャンネル:映画・チャンネルNECO
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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