松本清張の代表作のひとつである『黒革の手帖』。派遣社員として勤めていた銀行から巨額の金を横領した主人公・原口元子が、その金と借名口座のリストが記された『黒革の手帖』を武器として銀座のクラブのママに転身する物語だ。愛と欲望が渦巻く銀座の街を舞台に、魑魅魍魎の悪人たちが暗躍する一級のサスペンスは、これまで何度も映像化されてきた。
1982年にテレビ朝日系で放送されたドラマ化第1作では、山本陽子が元子役を演じたが、その2年後にはTBS系で大谷直子が元子役に起用されている。以降もテレビ朝日系で浅野ゆう子(1996年)、米倉涼子(2004年)と続き、米倉は翌年に放送された同作のスペシャル版でも元子を演じている。
そして2017年、松本清張の没後25年の節目に同作が再びドラマ化され、元子役には武井咲が起用された。武井は当時23歳で、歴代の元子役に比べて若いことが話題になった。山本は39歳、大谷は33歳、浅野は36歳、米倉は29歳でそれぞれ演じたことを思えば、武井は元子役としては異例の若さだ。元子は"稀代の悪女"ともいうべき異色のヒロインで、銀座のクラブ経営者という設定もあり、貫禄も求められる重厚な役柄。歴代の元子役に起用された女優たちは、放送当時はキャリア的にも実年齢でも既にそんな"風格"を身につけていたのである。
一方で武井は、中学年の時にオスカープロモーション主催の「国民的美少女コンテスト」出場を機に芸能界入り。雑誌「Seventeen」の専属モデルとして中学時代は実家の名古屋から東京に通いながらモデルの仕事をしていた。高校進学と同時に上京し、女優活動もスタート。2011年のテレビ朝日系ドラマ「アスコーマーチ~明日香工業高校物語~」でヒロインの座を射止めるなど、初期から順調にキャリアを積んでいた。2012年から2013年にかけては、「Wの悲劇」(テレビ朝日系)など7本のドラマに出演し、すべてヒロインを演じている。
当初こそ、正統派の美少女的な役どころが多かったものの、次第に演技力に磨きをかけていき、2015年のテレビ朝日系ドラマ「エイジハラスメント」では、社内の偏見や差別に敢然と立ち向かう女性社員のヒロインを好演。自分の正義を貫き通す強い信念を持つという、いわば難役を見事に演じきったことで、女優としての実力を開花させていった。
そんな武井が、いわば満を持して挑んだのが、「黒革の手帖」だったといえる。制作発表の際は、「元子役には若すぎる」といった声も聞かれたものの、いざ放送が始まるとそんな外野の声はたちまち封印された。
和服姿もぴったりハマり、美しさに加えて芯の強さを感じさせる武井の元子像は、それまでの元子役に負けていないというより、いわば新しい元子像を作り上げることに成功した。武井の演技が確立したことで、本作の見どころである彼女の「敵役」を演じる俳優たちの存在感もより浮き彫りになった。特に、本作では元子をライバル視する山田波子(仲里依紗)の存在感が強まっており、仲の演技も評判となった。銀行で元子の同僚だった波子は、かつては地味でパッとしない女だったが、元子に誘われてホステスに転身。男を手玉にとる術を身につけて、美容外科クリニック院長の愛人に収まる。自分の店を出そうと画策し、元子と張り合っていくのだが、原作以上に憎々しい波子像を仲がじつにうまく演じている。
ほかにも美容外科クリニックの看護師長・中岡市子を演じる高畑淳子の演技も絶品だ。長年尽くしてきた自分をないがしろにし、若い愛人(波子)にべた惚れの院長に怒り、元子に接近して院長への恨みを晴らそうとするのだが、逆に元子に利用されたことに気づく。そんな女の強さと弱さを巧みに表現した高畑の演技にうなった視聴者も多いはず。
そんな黒革の手帖」および続編のスペシャルドラマ「黒革の手帖~拐帯行~」がテレ朝チャンネル1で放送される。
2022年3月に第2子を出産して話題になったばかりの武井だが、女優開眼とも評された本作での演技にあらためて注目したい。
文=渡辺敏樹
放送情報
黒革の手帖
放送日時:2022年4月22日(金) 09:40~
チャンネル:テレ朝チャンネル1
黒革の手帖~拐帯行~
放送日時:2022年4月29日(金)10:40~
チャンネル:テレ朝チャンネル1
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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