失業者の男や精神病患者、同性愛者から医師や刑事、ヤクザや人気コミックのキャラクター、果ては最強のテロリストまで、やった役柄がないのでは?と思うくらい何にでもなりきってしまう綾野剛は、当代随一のカメレオン俳優の一人だ。
■役のビジュアルや性格、バックグラウンドさえも表現してしまう演じることへのこだわり
2003年の特撮ドラマ「仮面ライダー555」の怪人役で俳優デビューを飾った綾野は、最初のうちこそ奇抜なサブキャラを演じることが多かったものの、2008年の『奈緒子』では中学、高校で鍛え上げた陸上競技のスキルを全開させて主演の三浦春馬とラストで激走し合うライバル選手を熱演!
『TAJOMARU』(2009年)の長髪の盗賊役で異彩を放つと、『GANTZ』(2010年)&『GANTZ: PERFECT ANSWER』(2011年)では黒服のリーダー役も不気味な佇まいと動きで体現。『ガッチャマン』(2013年)のコンドルのジョー役、『ルパン三世』(2014年)の石川五ェ門役もまんまと自分のものにして、次第にその存在を知られるようになっていった。
そんな綾野の大きな転機となった映画が、2013年の『そこのみにて光輝く』だ。「海炭市叙景」や「オーバー・フェンス」などの映画化作品でも知られる佐藤泰志による同名小説を映画化した本作で、愛を捨て、生きる希望をなくして酒浸りの日々を送る主人公の達夫を、実際に原作者の故郷でもあるロケ地の北海道函館市で酒浸りの日々を送りながら作り上げて見せた。
しかも、愛する女性・千夏(池脇千鶴)と出会い、「家族を持ちたい」と思うようになる後半では酒を抜き、前半との目に見える違いで達夫の真面目さと千夏への愛を繊細に表現。それまでの個性派俳優のイメージを一新し、誰もが綾野のことを演技派俳優として認識するようになっていったのだ。
綾野の快進撃が始まったのはこの頃からだろう。人気テレビドラマの劇場版『S-最後の警官-奪還 RECOVERY OF OUR FUTURE』(2015年)では、SAT(警視庁特殊部隊)の天才スナイパー・蘇我伊織役を演じたが、撮影に入る前に徹底的にトレーニングとリサーチを重ねてライフルの扱いや構え方、撃ち方などをマスター。動きに嘘がないようにこだわり、本作の公開が東京オリンピックの開催前だったこともあって、取材時に日本の防衛体制について熱弁を振るっていたのも印象的だった。
役にとことんこだわる。綾野のそのスタンスは一貫しているし、その突き詰め方は尋常ではない。『新宿スワン』(2014年)と『新宿スワンⅡ』(2017年)では新宿歌舞伎町で働くスカウトマンの白鳥龍彦に原作コミックそのままのビジュアルでなりきっていたが、前者では物事に純粋に反応して成長していく龍彦をピュアな表情や言動で体現。後者では、すでに中間管理職の地位にいる彼が、ライバル会社との戦いの中で何を考え、どう動くのかを1作目とは違う重厚な芝居で見せていた。
そこには素の綾野を1ミリも持ち込んでいないと言う。正確ではないが、1作目の取材時にこんなことを言っていたのを思い出す。「この役には綾野剛はいないし、邪魔。龍彦としてどう動くのか、どう生きるのかを考える。それはどの役の時でも同じで、僕の中にはそういう役のファイルが幾つも蓄積されているので、龍彦をまた演じる時が来ても彼のファイルを持ってくればすぐになれるんです」。しかも、こうしたことを熱く語るのではなく、まるで呼吸をするように自然にやっているところが綾野の非凡なところ。「役者バカ」などという言葉では片づけられない、天性の役者脳が息づいているのだ。
実際の事件に基づく横山秀夫の同名小説を映画化した『64-ロクヨン-前編/後編』(2016年)では県警警務部の広報室のメンバー・諏訪に扮したが、記者の秋川(永山瑛太)を「秋川ちゃ~ん!」と「ちゃん」づけで呼んで記者クラブとの距離を視覚化。佐藤浩市が演じた上司の三上の背中を実際に見ながら芝居をすることで、諏訪が三上にとってはただの部下ではなく、強い絆で結ばれた存在であることに説得力を持たせていたのも記憶に新しい。
■繊細な青年から破天荒な刑事、ダーティヒーローまで!誰にも止められない綾野剛の勢い
吉田修一の同名小説を『悪人』(2010年)の李相日監督が映画化した『怒り』(2016年)では、ゲイのカップルを違和感なく演じるために、撮影期間中の2週間はプライベートでも相手役の妻夫木聡と一緒に暮らし、日本屈指のゲイタウン=新宿二丁目を、手を繋いだりキスをしながら歩き、男性の同性愛者が出会いを求めて足繁く通うハッテン場を何度も訪れたことが話題に。短期間の同棲生活が終わった時に、妻夫木が寂しくて涙したというエピソードも伝えられたが、確かにスクリーンの中にいたのは、綾野剛ではなく、どこか儚げで優しいゲイの青年・直人だった。
そう、綾野は演じる役ごとに瞳の強度や輝き、纏う空気感をガラリと変えて現れる。2002年に北海道警察で実際に起きた「日本警察史上最大の不祥事」がベースの『日本で一番悪い奴ら』(2016年)では、やらせ逮捕、オトリ捜査、拳銃購入、覚醒剤密輸といったあらゆる悪事に手を染め、歪んだ正義を暴走させる破天荒な刑事・諸星を、『怒り』の直人役とは真逆のマグマのような生命力で爆演!
「覚醒剤を取り締まるのと、違法拳銃を取り締まるのとどっちが大事なんですか?」というめちゃくちゃなセリフも圧倒的なパワーで成立させ、チンピラを威嚇するシーンでは自らビンタや蹴りを入れることを白石和彌監督に提案して、諸星のキャラクターをより強固なものに。警察組織の正義が逸脱したため、少しずつズレていったものの、最初から最後までブレない諸星を魅力的なダーティヒーローに昇華させていた。
こうなってくると、もう誰にも止められない。『亜人』(2017年)の綾野を見て、えっ、そこまでやるの?とのけ反った人もいるのではないだろうか?本作で彼が演じたのは、国家の転覆を狙って大量虐殺を繰り返す絶対に死なない「亜人」のテロリスト・佐藤。
佐藤健が扮した亜人の主人公・圭と壮絶なバトルを炸裂させる最強のヒール役だが、この役を成立させるために綾野は、主演の佐藤と共に撮影中の食事をチキンサラダだけにして驚異の肉体改造を敢行!しかも、裸体の上半身が映る1シーンのためだけにそこまでやってしまうのがスゴい。
まるでCGで描いたようなあの完璧なボディが目に焼きついている人も多いはずだが、一方では、「死なない」のではなく、「死ねない」佐藤はその言い知れぬ渇望を埋めるために凶行に走っているのでは?という綾野が自ら考えた彼の行動心理を導入。不死身のテロリストに深みを加えていた。
登山家がさらなる高みを目指すように、釣り師がより大きな獲物を釣りたいと思うように、役者は難しい、チャレンジし甲斐のある役にこそ燃える生き物なのかもしれない。『新聞記者』(2019年)、『余命10年』(2021年)などの藤井道人監督がメガホンをとった『ヤクザと家族 The Family』(2021年)の綾野を見ると、そう思わずにはいられない。何しろ、本作の綾野はヤクザの組長・柴咲(舘ひろし)と契りを結んだ山本賢治という一人の男の人生を、1999年と2005年、ヤクザが排除されていく2019年という激動の3つの時代の中で体現するという、ただならぬ挑戦に身を投じているのだから。
子犬のような目で柴咲に訴えかける1999年。ヤクザの世界で男を上げ、柴咲組=家族を守るために奔走する2005年。14年の刑期を終えて出所するも、暴力団対策法(暴対法)の施行でかつての隆盛の影もない柴咲組を見て愕然とする2019年。綾野はそんな一人の男の波乱の人生を、ただ見た目の年齢を重ねるだけの表現ではなく、20年の社会の変化、時代に翻弄されるヤクザたちの悲哀を反映させながら、まったく異なるフォルムと息づかいで伝えて観る者の心を揺さぶった。
朝ドラならともかく、僅か136分という映画の尺で、20年という人生のうねりを表現しようなんて普通は誰も思わないだろうけれど、そこに果敢に挑み、それを成し遂げてしまうのが綾野なのだ。
この1月26日でちょうど40歳になった彼の眼差しの先には20代、30代では演じたくても演じることのなかった役柄の鉱脈が広がっているに違いない。その中からどんな役柄を、どんな挑戦をチョイスするのか楽しみだ。綾野剛はまだまだ走り続ける。
文=イソガイマサト
イソガイマサト●映画ライター。独自の輝きを放つ新進女優、ユニークな感性と世界観、映像表現を持つ未知の才能の発見に至福の喜びを感じている。「DVD & 動画配信でーた」「J Movie Magazine」「スカパー! TVガイド」「ぴあアプリ」「Movie Walker Press」や劇場パンフレットなどで執筆。映画やカルチャー以外の趣味は酒(特に日本酒)と食、旅と温泉めぐり。
放送情報
亜人
放送日時:2022年5月29日(日)12:00~
新宿スワン
放送日時:2022年5月29日(日)14:00~
新宿スワンⅡ
放送日時:2022年5月29日(日)16:30~
S-最後の警官- 奪還 RECOVERY OF OUR FUTURE
放送日時:2022年5月29日(日)18:45~
ヤクザと家族 The Family
放送日時:2022年5月29日(日)21:00~
そこのみにて光輝く
放送日時:2022年5月29日(日)23:45~
ルパン三世
放送日時:2022年5月2日(月)18:45~、30日(月)7:15~
るろうに剣心
放送日時:2022年5月6日(金)8:30~
GANTZ
放送日時:2022年5月14日(土)0:45~
GANTZ PERFECT ANSWER
放送日時:2022年5月14日(土)3:00~
あぜ道のダンディ
放送日時:2022年5月10日(火)13:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
横道世之介
放送日時:2022年5月31日(火)16:45~
チャンネル:WOWOWプライム
ドクター・デスの遺産 BLACK FILE
放送日時:2022年5月8日(日)21:50~、26日(木)20:50~
チャンネル:チャンネルNECO
日本で一番悪い奴ら
放送日時:2022年5月1日(日)10:30~、14日(土)14:30~
チャンネル:スターチャンネル1
64-ロクヨン-前編-
放送日時:2022年5月14日(土)18:00~
64-ロクヨン-後編-
放送日時:2022年5月14日(土)20:30~
チャンネル:東映チャンネル
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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