長澤まさみは攻め続けている。思えば、最初からそうだったのかもしれない。仕事を始めた当初はまだ10代で、慣れない世界ということもあって人見知りがちだったが、初主演映画『ロボコン』(2003年)の撮影現場ですでに、俳優が持ってくる芝居を尊重して細かい指示を出さない古厩智之監督に、「私ははっきり言ってほしいんです!」と明確な意思表示をしていたのを覚えている。
さらに初期の代表作『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年/監督:行定勲)では、不治の病を患うヒロインを髪の毛を剃って体現し大きな話題に。ただかわいいだけではない、女優魂を見せつけた。
■コメディにアクション、作家性の強い社会派作品まで幅広く出演!
そんな長澤が、ここぞとばかりにアクセルを踏み込んだのは『深呼吸の必要』(2004年/監督:篠原哲雄)で、『涙そうそう』(2006年/監督:土井裕泰)、『モテキ』(2011年/監督:大根仁)などでキャリアを積み、人前で手鼻をかむサバサバした自然体のキャラを全開させた『WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~』(2014年/監督:矢口史靖)あたりからではないだろうか。
是枝裕和監督の『海街diary』(2015年)では、4人姉妹の次女・佳乃のキャラに男の横で眠る無防備な肢体で説得力を持たせ、綾瀬はるかが演じた長女・幸との言い合いなどを通して家族のなかでの立ち位置を伝えていた。
また、花沢健吾の人気コミックを映画化した『アイアムアヒーロー』(2016年/監督:佐藤信介)では本格的アクションに初挑戦!ドラマ「若者たち2014」の東京の現場と本作の韓国の現場を行き来しながらの過酷なスケジュールにも関わらず、撮影現場ではスタッフのつけた返り血の血のりの量をよしとしない長澤が、自らの手で自分の身体に血のりを追加。ZQN(ゾキュン=人間を襲うゾンビのような感染者)になりかけの比呂美(有村架純)をおぶって逃げるシーンでは、有村の等身大の人形が用意されていたものの、長澤の「有村さんを実際に背負って逃げたい。そうじゃないと緊迫感や必死さが出ないから」という進言を監督が聞き入れる形に。その頑張りがどれほどの効果をもたらしたのかは映画を観れば明白だし、役と真摯に向き合う長澤のスタンスが、同じく佐藤監督がメガホンをとった『キングダム』(2019年)、『キングダム2 遥かなる大地へ』(7月15日公開)の「山界の死王」こと美しき山の王=楊端和役につながったのは想像に難くない。
アクションの次に長澤が挑んだのはコメディだ。空知英秋の大ヒットコミックを奇才、福田雄一が映画化した『銀魂』(2017年)、『銀魂2 掟は破るためにこそある』(2018年)では菅田将暉が演じた新八の姉・妙を原作コミックそっくりに快演!ケガをした主人公の銀時(小栗旬)の看病をする1作目のシーンでは、柔和な表情はそのままに長刀を手に取り、逃げ出す銀時を威圧。優しさと凶暴さを合わせ持つ妙の可笑しさを強調すると、「ドラゴンボール」の漫画本を読み聞かせるシーンでは連続する効果音=擬音を「ガガガガ」「ドドドドド」とはっきりした口調で表現することで観る者を爆笑させ、内なるコメディセンスを爆発させた。また、妙がキャバクラのママになった2作目でも小栗、菅田、神楽役の橋本環奈らと王様ゲームに全身で挑み、福田ワールドの「笑い」をまんまと自分のものにしてしまった。
そんな長澤の役者としての高いポテンシャルは、エンタメ系のクリエイターだけではなく、作家性の強い映画監督たちも見逃すわけがない。『CURE キュア』(1997年)、『アカルイミライ』(2002年)などの問題作で世界の映画ファンを魅了し続けている黒沢清監督の『散歩する侵略者』(2017年)では、宇宙人に概念を奪われ、別人のようになって帰ってきた夫・真治(松田龍平)に寄り添う妻の鳴海を違和感なく成立させていたから驚く。河原を歩きながら、中身が本人じゃなくなった真治に「今日の晩ご飯、何にする?」と訊ねるシーンでは、夫婦が再生していく感じを出したい黒沢監督の狙いを瞬時に理解し、なんとも言えない切なさを表出させていた。
また、実際の「少年による祖父母殺害事件」から着想を得た大森立嗣監督の『MOTHER マザー』(2020年)では、生きずりの男たちと関係を持ち、その場しのぎで生きながらどんどん堕ちていくシングルマザーの秋子を文字通り怪演。鬼のような形相と汚い言葉で息子の周平(奥平大兼)を支配し、彼に犯罪まがいのことをやらせる鬼畜のような母親をなりふり構わぬ姿で成立させることで、逆に、どんなに最悪な状況にあっても強くつながり合う親子の血の関係を印象づけていたのが忘れられない。
さらに、西川美和監督の『すばらしき世界』(2020年)では、人生の大半を裏社会と刑務所で過ごした三上(役所広司)を追うテレビの女性プロデューサー・吉澤役に果敢にチャレンジ。若手テレビディレクター・津乃田(仲野太賀)をけしかけ、叱り飛ばし、面白い映像が撮れた時には「最高じゃん!」と生っぽいセリフを吐きながら、目的のためには手段を選ばない吉澤にリアリティを与えている姿に目を見張った。
そんな感じで、デフォルメしたコミカルな表現から地に足のついた生々しい芝居まで、硬軟自由自在な幅広いパフォーマンスができるところが長澤まさみの強みだろう。
■代表作となった「マスカレード」&「コンフィデンスマンJP」シリーズ
その全方位の芝居が、バランスよく発揮されたのが東野圭吾のベストセラー小説を映画化した『マスカレード・ホテル』(2018年)とその続編『マスカレード・ナイト』(2021年/ともに鈴木雅之が監督)で演じたホテルマンの山岸尚美だ。
前者では、連続殺人犯を突き止めるためにホテルマンになりすました木村拓哉演じる刑事の新田を指導しながら、共に事件の解決に挑む教育係のフロントクラーク役を完璧な所作で体現。ホテルマンとしての精神と信条を何よりも大切にしている少々頭でっかちの山岸をキュートに演じると、型破りな新田との水と油の関係や言い争いで笑わせ、事件の真相に迫るうちに、その凸凹の関係が相手のやり方を認め合うものに変わっていく本作の味わいをより魅力的なものにしていた。
山岸がホテルのコンシェルジュに昇進した後者では、宿泊客のムチャなリクエストにも決して「NO」と言わず、なんとしてもそれに応えようとする彼女の奔走する姿に目が釘づけになる。そこにはどんなことにも全力でぶつかる長澤自身の素のキャラも重なるが、結果的にそれを危険な目に遭い、観る者をハラハラさせるミステリー・ヒロインとして着地させていたのだから流石。山岸を心配する新田との関係性の変化でも楽しませてくれた。
そんな長澤まさみの、現時点での最大の当たり役が大ヒットシリーズ「コンフィデンスマンJP」で演じたダー子であることは誰もが認めるところだろう。本作は「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズやドラマ「リーガル・ハイ」シリーズなどの人気脚本家・古沢良太が、いつかはやりたいと思っていたコンゲームや詐欺師ものを実現させ、それぞれのエピソードが独立した全10話からなるオリジナルドラマとしてスタートしたものだ(ほかにスペシャルドラマやスピンオフも)。
古沢がドラマの脚本を書き始めた頃は、ドラマを動かす3人の詐欺師を構成するリチャード(小日向文世)とボクちゃん(東出昌大)のキャスティングは決まっていなかったが、ダー子役の長澤だけはその1年前から決まっていたため、随所に彼女を意識したところが。ダー子のハニートラップが下手という設定も、「綺麗な長澤さんが下手だから笑えるんです」という古沢の閃きから生まれている。
そしてドラマの大ヒットを受けて誕生したのが、3本の映画版だ。第1作の『ロマンス編』(2019年/田中亮監督)では香港ロケを敢行し、ダー子と三浦春馬が演じた元カレの天才詐欺師・ジェシーとのロマンスが物語の鍵を握る構成に。ドラマでは描かれなかったダー子の女性らしい一面が描かれるのも新鮮だったが、ここでも「控えめな出たがり」という長澤の素のキャラが見え隠れ。若い頃から数々の青春映画、恋愛映画を経験してきた長澤と三浦のスキルが活きたロマンチックなシーンが連続し、一方では映画版ならではのぶっ飛び方をしていて面白い。
2階建てオープントップバスの上でダー子とリチャード、ボクちゃんがブルース・リーになりきってはしゃいだりして、3人のアホぶりが全開!映画の冒頭では、ドラマや映画ではあまり見せたことはない、けれど「酔っ払うと先輩から必ず見せてと言われる」という長澤十八番である歌舞伎のヘン顔をアドリブでやっているのも見逃せない。
続くマレーシアのランカウイ島が舞台の映画第2弾『プリンセス編』(2020年)は、世界有数の大富豪の莫大な遺産を巡り、世界中の詐欺師とダー子たちが熾烈なコンゲームを繰り広げる展開だったが、これまでとは違うダー子=長澤の新たな一面が見られるのも魅力。
身寄りのない内気の女の子、コックリ(関水渚)をプリンセスに仕立て上げるダー子の母性や優しさが感じられるし、コックリを送り出すシーンではダー子の孤独な心も見え隠れする。けれど、それも含めて芝居=嘘なのでは?と思わせるところは、長澤の普段の明るさが上手く作用しているからだろう。本作では、ジェシーとの少し特殊なダンスシーンも大きな見どころになっていた。
世界遺産に登録されている地中海に浮かぶマルタ島の首都・バレッタを舞台にした第3弾『英雄編』(2022年/シリーズ3本を田中亮が監督)では、そんな素顔が読めないダー子と彼女を演じた長澤の底知れなさを再認識した人も多いだろう。
本作では、当代髄一の腕を持つコンフィデンスマンが受け継いできた「ツチノコ」の称号を巡り、ダー子とリチャード、ボクちゃんが激突!1人でいる時の3人それぞれの意外な表情が見られるのも楽しかったが、なかでも長澤はシリーズ最大の弾けっぷりを見せていた。チャイナドレスで中国人女優になったかと思えば、中世の騎士になったり、海上自衛隊の隊員や角刈り&ねじり鉢巻き姿になったり、ヘンテコな柄のTシャツを着て大暴走。
パワフルな怪演に目を見張ったが、それが痛快で楽しくて、仲間や観る者も煙に巻くのは、長澤の気持ちいいぐらいの思い切りのよさがあるから。小日向や東出とのかけ合いも絶妙で、観た人をウキウキさせてくれる長澤のコメディエンヌとしての才能と輝きが「コンフィデンスマンJP」を大ヒットシリーズに導いたことを改めて確信した。
そんな長澤の快進撃はまだまだ続く。庵野秀明が企画・脚本、監督を樋口真嗣が務めた『シン・ウルトラマン』(2022年)では分析官の浅見弘子に扮し、外星人メフィラス(山本耕史)に巨大化させられた彼女がビルを破壊する特撮映画ならではのシーンにもグリーンバックで挑戦!さらにこの後も菅田将暉と共演する『百花』(9月9日公開/監督・脚本・原作:川村元気)、松山ケンイチと共演の『ロストケア』(2023年公開/監督:前田哲)が待機中のほか、佐藤健との共演作もある模様。長澤まさみのこの勢いは、もう誰にも止められない!
文=イソガイマサト
イソガイマサト●映画ライター。独自の輝きを放つ新進女優、ユニークな感性と世界観、映像表現を持つ未知の才能の発見に至福の喜びを感じている。「DVD & 動画配信でーた」「J Movie Magazine」「スカパー! TVガイド」「ぴあアプリ」「Movie Walker Press」や劇場パンフレットなどで執筆。映画やカルチャー以外の趣味は酒(特に日本酒)と食、旅と温泉めぐり。
放送情報
コンフィデンスマンJP ロマンス編
放送日時:2022年7月9日(土)21:00~
コンフィデンスマンJP プリンセス編
放送日時:2022年7月16日(土)21:00~
チャンネル:チャンネルNECO
マスカレード・ホテル
放送日時:2022年7月16日(土)17:45~
マスカレード・ナイト
放送日時:2022年7月16日(土)20:00~、24日(日)18:45~
チャンネル:WOWOWシネマ
マスカレード・ナイト
放送日時:2022年7月16日(土)13:00~、19日(火)17:45~
チャンネル:WOWOWプライム
潔く柔く きよくやわく
放送日時:2022年7月17日(日)10:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
嘘を愛する女
放送日時:2022年7月17日(日)12:15~
チャンネル:WOWOWシネマ
曲がれ!スプーン
放送日時:2022年7月26日(火)21:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
(吹)唐人街探偵 東京MISSION
放送日時:2022年7月2日(土)21:00~、6日(水)1:00~
チャンネル:スターチャンネル3
クロスファイア
放送日時:2022年7月16日(土)18:45~、26日(火)12:30~
チャンネル:WOWOWプラス
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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