出演作を重ねるごとに自らの限界をアップデート...アクションから繊細な芝居までこなす佐藤健のブレない凄み

意識不明から目を覚ますも記憶喪失になってしまった恋人に寄り添う青年を演じた『8年越しの花嫁 奇跡の実話』
意識不明から目を覚ますも記憶喪失になってしまった恋人に寄り添う青年を演じた『8年越しの花嫁 奇跡の実話』

(C)2017映画「8年越しの花嫁」製作委員会

『世界から猫が消えたなら』(2016年)での佐藤の繊細な芝居も忘れられない。映画プロデューサー、川村元気の同名小説を『帝一の國』(2017年)などの永井聡監督が映画化した作品で、佐藤は脳腫瘍で余命わずかと宣告された主人公の郵便配達員の青年「僕」と彼にそっくりな「悪魔」の一人二役に果敢にチャレンジ。「悪魔」を演じる時の芝居が過剰にならないように気をつけながら、函館で生きてきた「僕」の健やかな心を自らの肉体と細やかな表情の変化や仕草などで印象づけることに力を注ぎ、映画を観た人たちがその死を悲しむような主人公の「僕」になるように努めた。

また、朝井リョウの直木賞受賞作を、『愛の渦』(2014年)などの演劇界の鬼才・三浦大輔が映画化した『何者』(2016年)では、表向きは普通の好青年ながら、内側にはドロドロしたものを抱えている就活生の二宮拓人を生々しく体現。コミック原作の明確なキャラクターとは違う、ある意味最も表現しづらいこの難役を、以前から友人だった朝井をコピーする方法で自分のものに。さらに、2017年の『8年越しの花嫁 奇跡の実話』では、結婚式の直前に昏睡状態に陥り、意識を取り戻した後も自分の記憶だけが欠落している恋人に寄り添い続けた実在の青年に、佐藤は「演じる」のではなく、彼そのものに「なる」というスタンスで臨んだ。ドキュメンタリータッチの撮影を徹底させた瀬々敬久監督(『64-ロクヨン-前編&後編』ほか)のもと、恋人役の土屋太鳳と共に「芝居に見えない」芝居にこだわったからこそ、観客にも恋人たちの圧倒的な愛と生きる勇気がストレートに伝わったのだろう。

だが、佐藤の挑戦はまだまだ終わらない。瀬々監督と再びタッグを組んだ2021年の『護られなかった者たちへ』では、彼は殺人事件の容疑者という意表をついた役柄に大きく舵を切ってファンを驚かせた。

中山七里の同名ミステリー小説を映画化した本作は、東日本大震災から9年後の宮城県の都市部で、全身が縛られた状態で放置され、餓死させられるという凄惨な殺人事件が連続して起こるところから始まる。被害者はいずれも善人、人格者と言われる男たちだ。やがて捜査線上に、容疑者の利根泰久が浮かび上がる。この利根こそ、佐藤が演じた問題の男なのだが、知人を助けるために放火、傷害事件を起こした彼は服役し、刑期を終えて出所したばかり。一応元模範囚という触れ込みだが、短い髪とつり上がった鋭い眼は殺気を孕んでいるし、言葉数少ないその佇まいはいつでも攻撃をしかけてきそうで、見るからに怖い。

スクリーンに映った佐藤は、そんな危ない男のキャラクターを一瞬にして観客の目に焼き付ける。しかも、そこに何かしらの陰や悲しみをちゃんと感じさせているから、阿部寛が演じた刑事の笘篠と一緒に、観る側も彼の胸の内に興味を持ち、その行動を追いかけることになるのだ。

本作はそんなサスペンスの形を借りた一級のエンターテインメントでありながら、ニュースがあまり取り上げない「生活保護」のシステムを中心に、理不尽な社会の状況に苦しむ生活困窮者の現実を炙り出す問題作でもある。そして、利根もただの容疑者ではなく、そこにメスを入れる重要な役割を担っていた。

困っている人たちの声なき苦しみを代弁する、佐藤のなりふり構わぬ全身全霊の芝居は圧巻だった。予告編でも印象的だった、泥まみれになりながらの叫びには心をかき乱された人も多いに違いない。

刑期を終えて出所するも、連続殺人事件の容疑者として追われる身となった利根(『護られなかった者たちへ』)
刑期を終えて出所するも、連続殺人事件の容疑者として追われる身となった利根(『護られなかった者たちへ』)

(C)2021映画「護られなかった者たちへ」製作委員会

「いい映画を作る」。「観た人に何かを届ける」。佐藤のそのスタンスは昔もいまもずっとブレない。2017年の「くまもと復興映画祭powered by 菊池映画祭」で「僕に期待して、僕の映画を観に来てくれる人を裏切りたくない」と語っていたのも印象的だった。

その言葉通り、常に新しい一手で私たちを喜ばせ、自身の可能性の限界を更新し続けている佐藤健。さあ、今度はどんなパフォーマンスで私たちを驚かせてくれるのか?こんなに次作が楽しみな俳優をほかに知らない。

文=イソガイマサト

イソガイマサト●映画ライター。独自の輝きを放つ新進女優、ユニークな感性と世界観、映像表現を持つ未知の才能の発見に至福の喜びを感じている。「DVD & 動画配信でーた」「J Movie Magazine」「スカパー! TVガイド」「ぴあアプリ」「MOVIE WALKER PRESS」や劇場パンフレットなどで執筆。映画やカルチャー以外の趣味は酒(特に日本酒)と食、旅と温泉めぐり。

この記事の全ての画像を見る

放送情報

護られなかった者たちへ
放送日時:2022年11月5日(土)13:00~、9日(水)17:30~
チャンネル:WOWOWプライム
放送日時:2022年11月5日(土)20:00~、13日(日)18:30~
チャンネル:WOWOWシネマ

8年越しの花嫁 奇跡の実話
放送日時:2022年11月5日(土)17:55~、29日(火)13:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
放送日時:2022年11月17日(木)5:20~
チャンネル:WOWOWプライム

サムライマラソン
放送日時:2022年11月5日(土)22:30~、15日(火)15:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
放送日時:2022年11月10日(木)1:30~
チャンネル:WOWOWプライム

ひとよ
放送日時:2022年11月5日(土)11:30~、29日(火)8:45~
チャンネル:WOWOWシネマ

亜人
放送日時:2022年11月5日(土)13:45~、29日(火)11:00~
チャンネル:WOWOWシネマ

いぬやしき
放送日時:2022年11月5日(土)15:40~、30日(水)8:45~
チャンネル:WOWOWシネマ

※放送スケジュールは変更になる場合があります

詳しくはこちら

キャンペーンバナー

関連記事

記事の画像

記事に関するワード