西島秀俊が11年前に見せた狂気的演技。『CUT』は映画業界への批判に満ちた異色作だった

いまや世界でも知られる俳優となった西島秀俊の主演作『CUT』(2011年公開)は、インドの鬼才アミール・ナデリ監督が西島と出会い、かねてから考えていた企画を基に日本で撮影したもの。劇場公開時、衝撃的な異色作として国内外で反響を呼んだ同作がWOWOWシネマで12月2日(金)に放送される。

よく映画を演出することを「メガホンを取る」と比喩で表現するが、本作の主人公・秀二(西島)も登場直後から映画監督である証のようにメガホンを携えている。ただし、彼は撮影隊を率いメガホン越しに指示を出しているわけではない。街中で自分の主宰する名作映画の上映会のビラを撒きながら、映画界の危機をこう訴えているのだ。

「映画の芸術的側面は死に絶えようとしています。今ある映画は全て娯楽映画と呼ばれるものに過ぎない。だが、かつて映画が映画だったころ、我々はそれが芸術であり、そして同時に娯楽であったことを忘れてはいない。あの頃の映画をもう一度、見直してみてください!」

秀二は、黒澤明や小津安二郎、溝口健二といった日本映画黄金時代の名匠を熱愛し、神のごとく崇めている。黒澤監督たちの映画はメジャー公開作でありながら芸術性の高いものであり、カンヌ映画祭で賞を取るなど、世界でも認められていた。秀二はそれらの傑作を上映するだけでなく、「先生たちのような映画が作りたい」という思いを抱いている。しかし、映画を撮る機会は与えられず、秀二は情熱を持て余すあまり、監督たちの墓所にまで突撃。墓石に抱きつき、そこに付いていたホコリを自分の顔になすりつけ、部屋で上半身裸になってその感触を思い出しながら体の上に名匠の作品を映写する...。ちょっとオタクが過ぎるというか、シネフィルを突き詰めすぎて、ほとんど変態の域にまで行ってしまっているのだ。果たしてこれは日本映画へのリスペクトが強いナデリ監督の気持ちを表しているのか、それとも演じる西島自身なのか。

(C)CUT LLC 2011

西島はミニシアターや小規模の映画祭にも足を運ぶ映画通として知られ、ナデリ監督とのタッグが実現したのも映画祭でじっくりと話す機会があったから。そんな彼だからこそ、この役柄にピタリとハマる。近年テレビドラマやCMで演じてきた柔和で家庭的なキャラクターとは違って、秀二は「クソ業界人ども」などと悪態をつくし、ヤクザを煽るような攻撃性も持っている。西島が映画『Dolls』や『MOZU』シリーズで演じてきた路線にもつながるハードボイルドな役柄で、シャープかつワイルド。男性的魅力に満ち、本作は西島ファンの間では永久保存版の映画として知られているとか。

劇中では秀二の身に降りかかったトラブルの顛末も描かれる。秀二の兄が死んでしまい、兄がヤクザから借りた金の返済が秀二に課せられる。その借金は元はと言えば、秀二の映画製作資金として兄が用意したもので、高い利子でふくらみ1254万円にまでなってしまっていた。秀二はそれを2週間後の期限までに返済するため、1発ごとにいくらと決めてヤクザたちに殴られるという稼ぎ方をする。連日、事務所に集まってきたヤクザたちにストレス解消のためボロボロになるまで殴られる秀二の姿を、そこで働いている陽子(常盤貴子)や組員のひとりであるヒロシ(笹野高史)は心配するが、頑固な秀二は殴られることをやめない。

(C)CUT LLC 2011

失うもののない"無敵の人"である秀二の血まみれの姿は目をそむけたくなるほど。その映画狂ぶりも身体的な痛みを引き受ける壮絶さも、まともに共感してしまうと辛すぎるので、ちょっと距離を置いたほうがいい。それでも結末まで見れば圧倒され、「そこまで言うならば」と秀二が激推ししていた映画をひとつぐらいは見てみたくなる。結局、勝つのは、うざったいほどの情熱なのだ。

2022年の今、この作品を見返すと興味深いのは、昨年、西島がまさに「芸術と娯楽」の両面を兼ね備えた映画『ドライブ・マイ・カー』に主演して評価されたということ。カンヌ映画祭で脚本賞を、第94回アカデミー賞で国際長編映画賞を獲得した同作は、まさに『CUT』の秀二が理想とした映画になっている。そんな虚構(映画)と現実がクロスする面白さも味わえる1作だ。

文=小田慶子

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放送情報

CUT
放送日時:2022年12月2日(金)08:00~
チャンネル:WOWOWシネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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