ハリウッドには、まだ「アメリカン・ドリーム」というものがある。パイオニア精神に溢れたアメリカ。一攫千金の夢。いまや死語にも聞こえるかもしれないビッグドリーム。それがまだアメリカにはある、と思ったのは、カナダ出身の映画監督がまたたく間にスターダムにのし上がっていくのを目の当たりにしたからだった。
それが今回取り上げる、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督だ。日本では2017年に公開された『ブレードランナー 2049』で有名だろう。
■『プリズナーズ』に『メッセージ』...話題作を次々と手がけるドゥニ・ヴィルヌーヴ
その前に少しだけ昔の話を。(といっても、当時私は生まれたばかりで、同時代的に体験したわけじゃない)。1982年にSF映画史を塗り替えた1作が公開された。それが『ブレードランナー』。監督は、いまも現役で映画を撮り続けている巨匠リドリー・スコット。SF映画を語る時には、必ず名前が挙がる作品だ。
その続編にあたるのが『ブレードランナー 2049』。なんと35年ぶりの続編ということになる。そして、この超有名タイトルの続編に監督として抜擢されたのが、ドゥニ・ヴィルヌーヴ。
そのニュースを聞いた時、「え、嘘でしょ!?」という驚きと、「たしかに適任かもしれない」という納得感の両方が同時に押し寄せた。でも当時、ヴィルヌーヴの名前をどれだけの人が知っていただろうか。
日本で彼の名前が話題になりだしたのは、2014年頃。この年、『プリズナーズ』(2013年)と『複製された男』(2013年)という2本のヴィルヌーヴ監督作が公開された。
『プリズナーズ』は誘拐された娘を巡るクライムサスペンス。静かで冷たい空気の中、ヒュー・ジャックマンとジェイク・ギレンホールが淡々と事件の真相に迫っていき、やがて狂気が満ちていく。『複製された男』はドッペルゲンガー的な物語で、こちらも主演はジェイク・ギレンホール。2人のそっくりな男を巡るミステリーが、観客を深い迷路の中へ連れていく。
公開当時、映画館で脳天を思いきりハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。両方とも「すごい映画監督が出てきた!」と思ったのだ。
ヴィルヌーヴ監督を決定的に好きになったのは、『メッセージ』(2016年)。お菓子の「ばかうけ」に似た縦長の宇宙船を、ポスターで観た方も多いかもしれない。このSF映画は新たな時代を切り拓く1作だった。それまでの獰猛な宇宙人とは違う、知的かつ多義的な異星人。禅を思わせる枯淡なビジュアル。有名なSF作家であるテッド・チャンの短編小説を、見事に映画の世界にした。
■超大予算の『ブレードランナー 2049』でも自身の作家性を発揮
そして、『ブレードランナー 2049』への起用である。正直なところ、ヴィルヌーヴ監督の作風はいまの流行のハリウッド映画的ではない。派手に音楽を鳴らし、VFXを駆使したアクションが展開するわけでもない。じわじわと不思議な時空の中へ観客をいざなっていくタイプで、どちらかというと玄人受けするものだ。しかし、ハリウッドメジャーの会社は彼を起用した。
「すげえ!アメリカン・ドリームだ!」と興奮した。もし彼が日本映画界にいたら、たぶんインディペンデントな世界にずっと甘んじるしかなかっただろう。だけど、ハリウッドは違った。ちゃんとヴィルヌーヴの才能を認めて、超大予算のSF映画の監督に抜擢したのだ。
1982年の『ブレードランナー』にはコアなファンがたくさんいる。どっちに転んでも、続編は賛否両論の嵐に巻き込まれただろう。個人的に思うところもあるけれど、ヴィルヌーヴ監督はそれまでの自分の作風を守って、ちゃんと自分の映画として大作を完成させた。彼の映画は、彼にしか作りえないワールドを持っている。それが『ブレードランナー 2049』にもしっかり反映されていた。
小さなサスペンス映画からアメリカン・ドリームを体現して、ハリウッド大作まで任されるようになったドゥニ・ヴィルヌーヴ監督。次はまた大作が控えているようだが、その先も楽しみでならない。
文=入江悠
入江悠●1979年生まれ。映画監督。監督作に「SRサイタマノラッパー」シリーズ、『日々ロック』(2014年)、『ジョーカー・ゲーム』(2015年)、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年)、『AI崩壊』(2020年)など。最新作『シュシュシュの娘』が全国ミニシアター公開。
放送情報
プリズナーズ[PG12]
放送日時:2021年10月2日(土)23:30~、15日(金)14:45~
メッセージ(2016)
放送日時:2021年10月3日(日)21:00~
(吹)メッセージ(2016)
放送日時:2021年10月3日(日)12:00~
ブレードランナー 2049[PG12]
放送日時:2021年10月3日(日)17:45~、18日(月)21:00~
チャンネル:ザ・シネマ
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