ハリウッドで最強の映画オタクは誰か...?そう問われたなら、多くの映画ファンが名を挙げるのがクエンティン・タランティーノ。ヒット作から名作、B級まで、彼の嗜好は幅広い。それだけでなく、自身の監督作でそれらを引用し、オマージュを捧げながら、さらなる傑作を生み続けるのだから。彼の監督作を観るたびに、その引き出しの多さに驚かされるファンも少なくないはずだ。
12月~2022年1月のザ・シネマには、そんなタランティーノのビデオコレクションをイメージしたユニークな企画が登場。彼の作品はもちろん、それに影響を与えたと思われる多彩なエンターテイメントがそろっている。これは映画ファン必見だ。
■強烈なバイオレンスにユーモア、アウトローを描くことへのこだわり
放映作について語る前に、まずはタランティーノ作品の特徴を振り返ってみよう。パッと思いつくのは、スタイリッシュにして強烈なバイオレンス。デビュー作『レザボア・ドッグス』(1991年)を見ても明らかだが、強盗犯一味の一人が、捕らえた警官の耳を切り取る場面は、映画を観た人全員が緊張して見守ったに違いない。その行為の瞬間を映像では映してはいないが、それでも痛々しさは観る者の脳裏に刻まれる。スタイリッシュとは、そういう意味である。
次に挙げる特色は、少々マニアックなユーモア。彼の作品はとにかくセリフがおもしろい。『レサボア・ドッグス』のオープニングで、タランティーノ自身が演じるギャングの一人が、延々とマドンナのヒット曲「ライク・ア・ヴァージン」について自説をまくし立てるが、そのバカバカしさについニヤリとしてしまう。ちなみに、このセリフ、後のストーリーに関連するのかと思いきや、まったく関係がなく、小話の一つとして完結してしまっている。このような「寄り道」もタランティーノ作品の醍醐味だ。
そして最後に挙げるのは、アウトローを描くことへのこだわり。『レザボア・ドッグス』もそうだが、『ヘイトフル・エイト』(2015年)も、登場キャラがそれぞれに無頼で、周囲の人間を簡単に信じようとはしないクセ者ばかり。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)の落ち目のTVスターに至っては、「俺はもうダメだ」と、勝手に一人でアウトローになっている。運が良ければ良き味方が付くし、運が悪ければ死ぬだけ。いずれにしても、単に世渡り上手な者の出番はないし、そういうキャラはタランティーノ作品ではクールには見えないのだ。
■傑作に名作、知られざる娯楽作品まで...タランティーノが愛した映画たち
以上の観点から、今回の放映作を見てみよう。まずはバイオレンス。『マッドマックス』(1979年)や『ディア・ハンター』(1978年)は、タランティーノの脚本作品『トゥルー・ロマンス』(1993年)のセリフの中で「傑作」の称号を与えているが、どちらも強烈なバイオレンスが宿る。前者はカーチェイス時に起こる無残な死、後者はロシアンルーレットという残酷なゲーム。これらのバイオレンスは、キャラクターのドラマを語る上で必然的に起こるものだ。そういう意味では、タランティーノが敬愛するジョン・ウー監督の『男たちの挽歌』シリーズでの、登場人物の感情に裏打ちされたアクションも同様である。
ユーモアの点では、鬼才ロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』(1973年)からの影響が大きい。レイモンド・チャンドラーの推理小説を映画化した本作では、とにかく話が飛び、本筋とは関係ないセリフもポンポン飛び出す。「寄り道」が大好きなタランティーノが敬意を口にするのも納得。
ヌーヴェルヴァーグの鬼才、ジャン=リュック・ゴダールの傑作『勝手にしやがれ』(1959年)も、本筋とは関係ないセリフがクールに決まる。ちなみに、タランティーノはゴダールの監督作『はなればなれに』(1964年)の原題から、自身の製作会社を「バンド・アパート」と名付けたほどのゴダール・ファン。ゴダールの『気狂いピエロ』(1965年)には往年の名作へのオマージュが多く見られるが、これもタランティーノが影響を受けた要素だろう。
アウトローの要素では、何より見逃せないのが『ブラック・ライダー』だ。1971年に作られた同作は、当時としては極めて珍しい黒人を主人公ガンマンにした西部劇。この時代に数多く作られた、黒人層に向けられた娯楽映画、通称ブラックスプロイテーション映画を浴びるように見てきたタランティーノのアンテナに、この映画が引っかからないワケがない。彼の『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)も黒人を主人公にしたウエスタンだが、そこに影響を与えているのは間違いない。同じタランティーノの西部劇『ヘイトフル・エイト』も、盟友サミュエル・L・ジャクソン扮する黒人ガンマンが登場する。
その他の放映作にも目を向けてみよう。ブルース・リー主演の『ブルース・リー/死亡遊戯』(1978年)からは、主人公が着ていた黄色いトラックスーツを、タランティーノは『キル・ビル』2部作のヒロインの戦闘コスチュームに引用。名優ダスティン・ホフマンの出世作となった『卒業』(1967年)に対しては、タランティーノが『ジャッキー・ブラウン』(1997年)のオープニングの場面でオマージュを捧げている。
こんな具合に、タランティーノが愛する映画の幅はとてつもなく広い。言うまでもなく、ここでピックアップしたのはごく一部に過ぎない。まずは、この特集に向き合って、タランティーノ映画の色を体感してみよう。その世界の広さに驚かされるし、映画ファンにはきっと自分だけの発見があるはずだ。
文=相馬学
相馬学●1966年生まれ。アクションとスリラーが大好物のフリーライター。「DVD&動画配信でーた」、「SCREEN」、「Audition」、「SPA!」等の雑誌や、ネット媒体、劇場パンフレット等でお仕事中。
放送情報
ヘイトフル・エイト[R15+指定版]
放送日時:2021年12月24日(金)17:45~、29日(水)23:30~
サイコ(1960)
放送日時:2021年12月20日(月)12:30~
勝手にしやがれ
放送日時:2021年12月1日(水)17:00~、23日(木)14:30~
スペースバンパイア
放送日時:2021年12月20日(月)1:00~、22日(水)14:30~
ブラック・ライダー
放送日時:2021年12月20日(月)10:30~、29日(水)3:30~
マッドマックス
放送日時:2021年12月21日(火)12:30~
気狂いピエロ
放送日時:2021年12月12日(日)8:00~、23日(木)10:30~
ファイト・クラブ [PG12]
放送日時:2021年12月10日(金)1:30~、24日(金)15:15~
ロング・グッドバイ
放送日時:2021年12月10日(金)6:00~、21日(火)10:15~
チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
※『レザボア・ドッグス』、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、『ディア・ハンター』、『男たちの挽歌』、『男たちの挽歌Ⅱ』、『狼・男たちの挽歌・最終章』、『ブルース・リー/死亡遊戯』は2022年1月に放送予定
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