■強烈でアーティスティックな映像に脳ごと価値観がシェイクされる
何を怖いと感じるか、そこにはその人が育ってきた風習や文化、宗教が知らず知らずのうちに絡んでくるものだ。例えば日本のホラーは、生前の恨みつらみが凄まじい執着となって襲い来る幽霊や、「そういうもの」としてのべつ幕なしに祟りまくる怨霊など、目に見えない何かがじわじわと登場人物を追い詰めるものが多い印象。一方のハリウッドホラーだと、悪魔や怪物、ゾンビなどが物理的な攻撃を仕掛けてくるような、派手な効果音やグロテスクなシーンで否応なしに叫び声を上げてしまうスタイルが主流だろう(もちろん、どちらにも例外はたくさんある)。台湾・香港なら精神的にじわじわと追い詰められるようなもの、イタリアのホラーはスプラッターながらその画面に背徳的な美しさを感じられるなど、それぞれどうしたってお国柄が出るものだ。そんななか、最近注目を集めているのが北欧ホラーだ。
多くの人が北欧ホラーを知るきっかけとなったのが、アリ・アスター監督作「ミッドサマー」(2019年)だろう。妹が両親を道連れに自殺して以来、精神状態が不安定になっていたダニー(フローレンス・ピュー)は、関係がぎくしゃくしていた彼氏のクリスチャン(ジャック・レイナー)が友人たちとスウェーデンの奥地の村へ旅行すると知り、自分も同行することに。白夜で太陽が沈むことのないホルガ村は、90年に一度行われる伝統的な夏至祭の真っ最中。しかし美しく楽園のように思えたその村には、様々な秘密が隠されていた。
ホラーには珍しく暗闇などない、終始妙に明るい画面の中には花が咲き誇り、美しい自然と村人の笑顔でいっぱい!なのにずっと不穏。主人公たちが摂取する薬物の影響が画面にも表れ、ドラッギーな映像やもはやアート的な死体の数々に脳ごと価値観がシェイクされるよう。冒頭から絵や会話で結末を暗示させるような仕掛けがあり、観た後にそれぞれの伏線を読み解くのも面白い。
話の表面だけ追うと「家族を失い、愛を感じない彼氏の存在に傷ついていた女性が、新しい家族を見つける話」とも取れる。その結末がハッピーエンドなのか否か、考えるほどに答えが見つからないけれど、どこかセラピー的な癒しの効果も感じるのはそのためだろう。制御しえない感情を爆発させ、悲しみや苦しみを理解しようともしない姿勢がいかに暴力的かを訴えるその描写は切実ですらある。私の友人はなぜか「ミッドサマー」を観るとよく眠れるそうだ。ここだけの話、私も鑑賞後、不思議な爽快感を覚えた。連日の寝苦しさに睡眠不足を感じている人におすすめ、かもしれない。
放送情報【スカパー!】
LAMB/ラム
放送日時:2023年8月27日(日)22:00~
ミッドサマー
放送日時:2023年8月28日(月)0:00~
ボーダー 二つの世界
放送日時:2023年8月28日(月)2:30~
ハッチング-孵化-
放送日時:2023年8月28日(月)4:30~
チャンネル:WOWOWシネマ
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