一方、指導での屈辱に傷つくニーマンは、それでも鬼教師に立ち向かう。ドラムを極めるために恋人と別れることも厭わず、追い詰められた苦しみの中で成功を手にしたいと願うのだ。練習シーンで、テラーは「脚本に「ドラムが血で滲むほど叩き」という表現があり、どうすべきか困った」という。ところが気づくと、本当に手から血が噴き出すほど叩き続けていた。監督はそうなることを予見して脚本を書いていたのだろう。
その姿を目の当たりにしてもフレッチャーはニーマンを罵倒するが、シモンズ自身は「役に対する熱意の表れだと思う。素晴らしい集中力だった」と称賛した。チャゼル監督の挫折経験に裏打ちされた脚本を、キャストがそれぞれの向き合い方で演じきっている。その演技に監督も大満足だったそう。
■嫉妬、憎しみ、怒りを超越する師弟の「セッション」
フレッチャーの行動を見ているうちに疑問が湧いてきた。教師というだけでなく、ミュージシャンでもある彼の心のどこかに、ニーマンの持つ若々しい才能への嫉妬はなかったのだろうか。
彼が嫉妬や憎しみからニーマンを傷つけたように見える描写がなくもない。だが、それは才能を持つ若者への嫉妬というよりも、純粋に才能の開花を見たいからであって、傷つけたいという思いなどないのではなきか?だから地獄のような指導に徹することができるのではないか?それとも...。
その答えは、ニーマンの怒りが噴出するクライマックスのセッションから読み取れる。ステージではフレッチャーへの怒りと不満を溜め込んできたニーマンが才能を開花させ、鬼教師を手玉にとるかのように、ドラムと一体化したように激しく叩きつける。
音楽を極める師弟の関係を、闘いとして描いた映画はこれまで見たことがない。まさに監督が語った「最高の音楽を極めるために払われる犠牲、肉体的な苦痛」を描ききったからこそ、「すごいものを見てしまった」という感動が残るのだ。
文=渡辺祥子
渡辺祥子●1941年生まれ。最近面白かったのは韓国映画「オマージュ」。仕事に恵まれない女性監督ジワンが50年前の韓国初の女性監督ジェウォンの作品の欠落した部分を探す物語。ジワンは生活感十分の中年女優、ジェウォンは美しく風情たっぷり。この映画を撮った女性監督はどちらに似ているのかなぁ?日本経済新聞、週刊朝日、ぴあなどで映画評を執筆。
放送情報【スカパー!】
セッション
放送日時:2023年3月11日(土)23:30~、26日(日)14:30~
チャンネル:スターチャンネル1
(吹)セッション
放送日時:2023年3月14日(火)23:00~、21日(火・祝)14:00~
チャンネル:スターチャンネル3
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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