今の時代にこそ改めて考えてみたい 名匠ジェーン・カンピオンによる「ピアノ・レッスン」が提示する愛する者とのコミュニケーション

スチュアートからエイダのピアノを買い取り、黒鍵の数だけ自分にレッスンをすればピアノを返すと彼女に約束するベインズ
スチュアートからエイダのピアノを買い取り、黒鍵の数だけ自分にレッスンをすればピアノを返すと彼女に約束するベインズ

(c) 1993 JAN CHAPMAN PRODUCTIONS & CIBY 2000

■後世のクリエイターたちに影響を与えた女性の視点や描き方

小川「娘のフロラがエイダに対して、「お母さん、ちゃんとしなさい」みたいな雰囲気を出している部分にはリアリティを感じました。お試し行動が出ているというか」

松崎「カンピオン自身の母親との関係を投影させているそうです。育児放棄みたいなことをされた経験があって、人の気を引くために道化を演じているような少女時代だったらしいです」

小川「「見て見て」とアピールする部分もあれば、義理の父親(スチュアート)と結託して、なんとかベインズのところへ行こうとする母親を止めようとする。その必死な姿は心に突き刺さるものがありました」

松崎「母親の浮気をタレコミしちゃうわけですからね(笑)。まあ、「なぜ母親の不倫に私が付き合わなきゃいけないんだ」という気持ちは理解できます」

小川「自分の行動がまさかの結末を生むことも想像していなかったでしょうし。正義感が芽生えた年代の行動は、ピュアで尊いけれど、暴走してしまう危うさのようなものも内包しているなと思いました」

母エイダとベインズの逢瀬に付き合わされ、少し不満気な娘フロラ
母エイダとベインズの逢瀬に付き合わされ、少し不満気な娘フロラ

(c) 1993 JAN CHAPMAN PRODUCTIONS & CIBY 2000

松崎「エンディングで「エディスに捧げる」と、監督の母の名が示されるのですが、このクレジットとラストの描写には深い関係があるそうです。もともとはエイダがピアノと共に海に沈むところで終わる予定だったらしいのですが、ちょうど脚本を書いている時にカンピオンの母親が何度目かの自殺未遂をしたらしくて...。「そんなに死にたいなら、今度は私が手伝う」と言ったところ、母親が思い直して生きることを選んだらしいんです」

小川「確か10年ほど前のインタビューでも、「今だったらまた違う終わり方にしているかも」と言っていました。今だったら、カンピオンがどういうエンディングにするのか、想像するだけでおもしろいですよね」

松崎「この作品で、ホリー・ハンターがアカデミー賞の主演女優賞、アンナ・パキンも助演女優賞を受賞しました(脚本賞も受賞)。特に、ハンターがセリフのない役でオスカーを獲得すること自体、衝撃的ですごいことだったと思います」

小川「女性の生きづらさや残酷さを見事に表現していたので、納得の結果です」

松崎「対抗作品がスティーヴン・スピルバーグの「シンドラーのリスト」と、超強力だったので、作品賞と監督賞は逃しましたが、カンピオンが後進に与えた影響は大きかったですね」

小川「「ロスト・ドーター」で長編監督デビューしたマギー・ギレンホールも、「ほとんどの映画が男性的な視点で物事を映しているけれど、16歳の時に観た「ピアノ・レッスン」はとても女性的だった」とハンプトン国際映画祭で語っていました。無意識で、正直でいれば、作品は女性の眼差しを持つものだとも。カンピオンの眼差しが、映画業界で働く女性たちにかなり影響を与えているのは間違いないですね」

松崎「時代を感じる作品ではありますが、物語の視点や描き方の革新性は、今でも古びてない部分が多いです」

小川「声を発しない女性が、ピアノで言葉を表現する。その旋律から感情を読み取るわけですよね。悲しいのか、嫌なのか、うれしいのか。感情を伝える言葉が封じられていることが、結果的に観る側の想像力を豊かにさせる作品だなと思います」

構成・文=タナカシノブ

松崎まこと●1964年生まれ。映画活動家/放送作家。オンラインマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」に「映画活動家日誌」、洋画専門チャンネル「ザ・シネマ」HP にて映画コラムを連載。「田辺・弁慶映画祭」でMC&コーディネーターを務めるほか、各地の映画祭に審査員などで参加する。人生で初めてうっとりとした恋愛映画は「ある日どこかで」。

小川知子●1982年生まれ。ライター。映画会社、出版社勤務を経て、2011年に独立。雑誌を中心に、インタビュー、コラムの寄稿、翻訳を行う。「GINZA」「花椿」「TRANSIT」「Numero TOKYO」「VOGUE JAPAN」などで執筆。共著に「みんなの恋愛映画100選」(オークラ出版)がある。

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放送情報【スカパー!】

ピアノ・レッスン
放送日時:2022年6月10日(木)0:40~、20日(月)14:00~
チャンネル:スターチャンネル2
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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