情緒が安定しないリックに対し、クリフはいつでも自分らしさを失わない。我を貫く、悪く言えば空気を読まない性格が災いし、リックの口利きでせっかく当時テレビドラマ「グリーン・ホーネット」で注目を集め始めたブルース・リー(マイケル・モー)のドラマ撮影でスタントの機会を得たものの、撮影の合間に格闘技の持論をしゃべりまくるブルースに業を煮やし、ブルースを投げ飛ばした際にランディ・ミラー監督(カート・ラッセル)の妻の車を損傷させてしまう。「現場に嫌な空気を持ち込む」と業界人に煙たがれるクリフには、過去に「女房を殺した」という暗いウワサが付きまとっていた。だが彼の過去へ切り込むかと思いきや、そんなことはお構いなしと言わんばかりにタランティーノは物語を進める。ここにも上り調子でチヤホヤされるブルースと、「仕方ないか」とあきらめムードのクリフの光と影が感じ取れる。
そんなクリフはリックを車で送り迎えする途中、幾度か見かけたヒッチハイカーの女性の誘いで「スパーン映画牧場」を訪れる。映画撮影にも使われるこの牧場で、クリフは自身もここで撮影した過去を思い返す。だが、訪れた牧場にはチャールズ・マンソン率いるヒッピー集団が住み着いている様子。ここで起きる一悶着が後のさらなる出来事を予期させつつ、リックの過去の輝きとその喪失を見事に描いている。
同じころ、若手主演の西部劇に悪役で出演したリックは、前夜の飲み過ぎがたたり台詞を忘れ、失敗を重ね悔し涙。トレーラーハウスに籠りひとしきり自分自身を罵倒し(このシーンはディカプリオのアドリブで台本にはなかったそう)、心改め午後からの撮影に臨んだ彼は、共演者である8歳の少女が見せるプロ根性に煽られ、怪演を見せて監督を唸らせる。その後、落ち目続きの人生に転機が...と思いきや、彼とクリフは隣家を襲ったハリウッド史に残る悲劇に巻き込まれていく。
とはいっても、ここまで2時間近く当時のスターのあるがままをオレ流で切り取ってきた鬼才がクライマックスで目指したのは、あくまでも「ハリウッド大好き監督」でなければ思いつかない派手な展開だ。ここからの40分は、シャロン・テート事件の事実をあるがままに描くよりも、彼の傑作「パルプ・フィクション」(1994年)や「イングロリアス・バスターズ」(2009年)を想起させるアクション&バイオレンスで物語は幕を下ろす。「これこそハリウッド映画!」と言わんばかりの思いを込めて...。
文=渡辺祥子
渡辺祥子●1941年生まれ。好きな映画のジャンルはサスペンス&ミステリー。今の夢は「007/ノータイム・トゥ・ダイ」を大スクリーンで見ること。日本経済新聞、週刊朝日、VOGUEなどで映画評を執筆。「NHKジャーナル」(NHKラジオ第1)に月1回出演。
放送情報【スカパー!】
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド
放送日時:2021年6月19日(土)20:55~、20日(日)13:00~
サイレンサー第4弾/破壊部隊
放送日時:2021年6月16日(水)13:30~、20日(日)16:00~
映画監督:クエンティン・タランティーノ
放送日時:2021年6月20日(日)0:00~、22日(火)20:00~
チャンネル:ムービープラス
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