■アイドル的人気から「脱・正統派イケメン」に至るまで
1990年代から今もなお全世代から愛される「America's sweetheart」であり、ハリウッドのA級スターとして君臨するブラピことブラッド・ピット。スターバリューが大物ですら時代によって変化するのが当たり前の厳しい業界にいながら、彼の人気と知名度は安定そのもの。おまけに、業界内でも彼の評価は不動というのも、群雄割拠のハリウッドでは珍しい存在だ。でも、その支えとなっているのは、彼の芝居やルックスによるものだけではない。出るべき時に出て、サポートに回る時は裏方に回る、というスタンスが、彼のキャリアから見え隠れする。
ロバート・レッドフォード監督作『リバー・ランズ・スルー・イット』(1993年)で初主演を務めたことで、一気に名声を得たブラピ。だが、それからの出演作はラブロマンス中心。文字通りアイドル的な扱いで、彼は数年消費されてきた。そんな彼の第一の転機となったのは『セブン』(1996年)。当時ミュージックビデオ界で名を馳せたデヴィッド・フィンチャー監督による長編映画第2作だ。映画界では新進気鋭の監督によるスリラーへの出演、ルックス重視ではない役に挑戦し、見事彼のキャリアはもとより映画史にも残る傑作に。そんなフィンチャーの第4作となった『ファイト・クラブ』(1999年)で、石鹸の行商人で秘密ファイト・クラブの猛者タイラーを演じ、撮影のために鍛え抜いた体で魅せ、圧倒的なバイオレンスを見せつけた。その流れを汲んでいたのが翌年の『スナッチ』(2001年)。『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』(1999年)でアクション・コメディの新境地を拓いたガイ・リッチー監督が、さらにコメディ色を強く打ち出した作品で、彼は少々ガラの悪い素手ボクシングの達人ミッキーを熱演。何をしゃべっているのか分からないほどの強い訛りのある役で、いわば「正統派イケメン」の役を完全に脱した作品でもある。
■映画業界をあらゆる形でサポートする姿勢
ちょうどそのころから、彼は製作にも興味を示し、2001年に当時の妻ジェニファー・アニストンとともに制作会社「プランBエンターテインメント」を設立。これが第二の転機となる。『トロイ』(2004年)や『ツリー・オブ・ライフ』(2011年)など、彼自身が主演する作品はもちろん、『ディパーテッド』(2007年)や『それでも夜は明ける』(2014年)など役者としてではなく、プロデューサーとして賞レースの中心となった話題作の製作、『キック・アス』(2010年)のマシュー・ヴォーンや『ムーンライト』(2017年)のバリー・ジェンキンスのような新進映画作家の育成など、幅広く映画界に貢献することとなる。大スターが運営する制作会社で、自身の出演作のためだけでなく、語るべき良作・人材を輩出することを目指しているのが特徴だ。20年前から自身の会社で自分の利だけでなく、映画界の活性化を目指し、さらに今もそれを続けている彼だけに、ビッグムービーの主演は極力減らしていく。
40代のブラピはまさにそのスタンスをうまく乗りこなした、第三の転機。こと自身の俳優業においては『オーシャンズ』シリーズ(2002~2007年)などのビッグムービーに出演する一方で、さまざまな役に取り組んでいる。夫婦ともにベテラン秘密エージェントという設定のアクション『Mr.&Mrs.スミス』(2005年)での壮大な夫婦喧嘩や、コーエン兄弟のコメディ『バーン・アフター・リーディング』(2009年)では自分のマッスルボディにしか興味がないジムの従業員役など、いわゆるイケメン役としてだけでなく、生まれ持った才能をユーモアに昇華した作品に出演。主演だろうが助演だろうが関係なく、自身がやりたいと思ったとおりに俳優業をこなしている感が強まっていった。
その決定打となったのは、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督のハリウッド出世作『バベル』(2007年)だろう。モロッコ、アメリカ・メキシコ国境地帯、そして東京の3つを舞台にした群像劇。それぞれの登場人物が一見交わりそうにないエピソードを紡いでいくのだが、言葉では通じ合えない人々が心を届かせようと奮闘する姿が描かれる文芸作の風格漂う大作だ。この作品での彼は、モロッコへの旅行中に銃で撃たれた妻を救うため、英語が通じない山村で孤軍奮闘するアメリカ人、リチャード役を熱演した。群像劇の1パートでしかないことや、当時映画界では知られているもののメジャー感はなかったイニャリトゥ監督の作品だったことから、作家性の強い映画への深い関心と自身の知名度を利用してでも支援すべき作家はサポートする、という姿勢が世に知れるようになった。
そして今、50代。『ワールド・ウォーZ』(2013年)に代表されるエンタメの中心ともいえる作品での主演&プロデュースはもちろん、アカデミー賞作品賞候補にもなった『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2016年)のような作家性と娯楽性を両立した作品への出演など、活躍の幅は縦横無尽。全作をフォローするのは難しいだろうが、ここで取り上げた作品だけでもチェックすれば、業界をうまくサーフするブラッド・ピットの真髄を垣間見ることができるだろう。
文=よしひろまさみち
よしひろまさみち●1972年生まれ。情報誌、女性誌などの編集部を経て映画ライターに。「sweet」「otona MUSE」での編集・執筆のほか、雑誌、Webでの連載多数。日テレ系「スッキリ」での映画紹介コーナーを担当するほか、TV、ラジオ、イベントでの映画紹介を手掛ける。
放送情報
ワールド・ウォー Z
放送日時:2021年12月18日(土)21:00~、24日(金)21:00~
(吹)ワールド・ウォー Z
放送日時:2021年12月24日(金)12:30~
バーン・アフター・リーディング [PG12]
放送日時:2021年12月7日(火)14:30~、18日(土)23:15~
ファイト・クラブ [PG12]
放送日時:2021年12月10日(金)1:30~、18日(土)16:00~
バベル [PG12]
放送日時:2021年12月18日(土)18:30~、28日(火)21:00~
Mr.&Mrs.スミス
放送日時:2021年12月11日(土)12:00~、18日(土)13:45~
(吹)Mr.&Mrs.スミス
放送日時:2021年12月26日(日)14:30~
スナッチ [PG12]
放送日時:2021年12月2日(木)19:00~、18日(土)11:45~
チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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