南北分断を背景に、男たちの友情を描く名作。パク・チャヌク監督の重厚なドラマ『JSA』

運命に翻弄される男たちを描いた『JSA』
運命に翻弄される男たちを描いた『JSA』

(C) myungfilm2000

■南北の軍事境界線上で起きた射殺事件の思わぬ真相とは

韓国映画が日本で広く見られるようになって20年余り。そのきっかけを作った作品群は、いま改めて見返しても様々な発見がある。今年のカンヌ国際映画祭に出品した『別れる決心(原題)』で監督賞に選ばれたパク・チャヌク監督が2000年に発表した『JSA』も、そんな映画のうちの1本だ。

大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国を隔てる38度線上の共同警備区域(JSA)で起きた、韓国兵士による北朝鮮兵士射殺事件。韓国系スイス人将校ソフィー(イ・ヨンエ)は中立国の立場から事件の調査を行うことになる。当事者たちが口を閉ざし、真相がなかなか明らかにならないなか、北朝鮮側のオ・ギョンピル(ソン・ガンホ)と韓国側のイ・スヒョク(イ・ビョンホン)の間に、思いがけない交流があったことが明らかになっていく。

北朝鮮の兵士2名が惨殺された事件の謎を追っていく過程で、ひょんなことから言葉を交わし始め、徐々に親しくなっていった南北の兵士たちの姿が浮かび上がっていくという構造を持つ『JSA』。対立が続いていた北朝鮮の兵士を「初めて魅力的に描いた映画」と称された『シュリ』(1999年)に続き、「同じ言葉を話し、心を通じ合わせることができる」存在として南北の兵士たちが酒を酌み交わし、無邪気なゲームに興じる姿が新鮮な印象を与えた。スター共演の見応えのある大作として完成した今作は、韓国公開直前の2000年6月に金大中(キム・デジュン)大統領と金正日(キム・ジョンイル)委員長による初の南北首脳会談が行われたことにも後押しされ、歴代最高の興行成績(当時)を記録。翌年、公開された日本でも成功を収めた。映画の余韻は長く続き、平昌冬季オリンピック開催後の2018年春に文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金正恩(キム・ジョンウン)委員長が板門店(パンムンジョン)で軍事境界線を行き来する姿を見て、久しぶりに思い出した人も多かった。

共同警備区域(JSA)の緊迫感あふれる光景も映し出される
共同警備区域(JSA)の緊迫感あふれる光景も映し出される

(C) myungfilm2000

1992年にデビューしたパク・チャヌクは「韓国で最も多くの映画を見た監督」として知られ、映画評論も数多く手掛けていた人物で、別の企画を持って制作会社ミョン・フィルムを訪ねた際に声をかけられ、演出を任されることになったという。日本での公開時、今作の共同プロデューサーであるシム・ジェミョンにインタビューした際には、パク・チャヌクについて「それまでの作品で大きな成功はしていませんでしたが、知的で演出能力も高い監督であることがわかりました。また、原作小説についての考えや素材を見る視点が製作側と一致したことも大きかったです」と語っていた。期待に応え、緻密な構成のサスペンス、スケールの大きなアクション、人間味あふれるドラマを見事に一体化させて見せたパク・チャヌクは、この作品によって韓国を代表する監督の一人として注目されるようになり、第5作となる『オールド・ボーイ』(2003年)でカンヌ国際映画祭のグランプリを受賞。その後も現代社会に対する鋭い考察と観客を引きつけるエンターテインメント性を発揮しながら、『親切なクムジャさん』(2005年)や『お嬢さん』(2014年)といった作品を発表し続けている。2013年にはニコール・キッドマン主演の『イノセント・ガーデン』でハリウッドデビューを果たし、2018年にはBBCのドラマ「リトル・ドラマー・ガール 愛を演じるスパイ」も演出した。ポン・ジュノ監督の『スノーピアサー』(2013年)でプロデューサーを務めるなど、90年代末から映画界を牽引してきた監督たちのリーダーとしても存在感を発揮している。

南北それぞれの兵士たちが抱える苦悩をも描き出す
南北それぞれの兵士たちが抱える苦悩をも描き出す

(C) myungfilm2000

■ソン・ガンホ、イ・ビョンホンなど韓国を代表する面々の若き日の姿にも注目

制作から22年の時を経て、韓国を代表する顔となった俳優たちの若き日の姿が見られるのもポイントだ。歴戦の勇姿として知られる北朝鮮のオ・ギョンピルを演じているのは、日本でもおなじみのソン・ガンホ。演劇畑からキャリアをスタートさせ、1996年の『豚が井戸に落ちた日』で映画デビューした彼は、1998年の『クワイエット・ファミリー』や『シュリ』で人気俳優としての地位を固めた後、『JSA』の数か月前に韓国公開された『反則王』(2000年)で初めて主役を務めたばかりだった。今作では、韓国軍兵士たちの警戒心を一気に溶かしてしまう、温かく大きな人物に扮している。パク・チャヌク監督作品には『復讐者に憐みを』(2001年)、『親切なクムジャさん』(※友情出演)、『渇き』(2009年)に出演。それぞれで見せたまったく違う姿に驚かされる。

カンヌ男優賞を受賞した『ベイビー・ブローカー』も記憶に新しいソン・ガンホが北の兵士役に
カンヌ男優賞を受賞した『ベイビー・ブローカー』も記憶に新しいソン・ガンホが北の兵士役に

(C) myungfilm2000

素直で明るい韓国軍兵士イ・スヒョクに扮しているのは、こちらも韓流ブームの初期から活躍の続くイ・ビョンホン。事件前の屈託のない表情(いたずらっぽい笑顔がまぶしい!)と、事件後のショック状態の演じ分けが見事だ。ソン・ガンホとはその後も『グッド・バッド・ウィアード』(2008年)、『密偵』(2016年)といった作品で共演しており、徐々に貫禄を増していく姿を楽しむことができる。

国家と友情の狭間で葛藤する韓国の兵士役にイ・ビョンホン
国家と友情の狭間で葛藤する韓国の兵士役にイ・ビョンホン

(C) myungfilm2000

そのほか、絵が得意な北朝鮮兵士ウジンを『エクストリーム・ジョブ』(2019年)のシン・ハギュン、気の弱い韓国兵士ソンシクを『観相師-かんそうし-』(2013年)のキム・テウが演じている。さらに、南北の兵士を取り調べるソフィー役でイ・ヨンエが登場。彼女は今作への出演後、ドラマ「宮廷女官 チャングムの誓い」で大成功を収めて「国民的女優」とまで言われる人気を得るが、俳優としてさらに成長することを望んで『親切なクムジャさん』で再びパク・チャヌク監督とタッグを組み、複雑なヒロインを見事に演じた。

イ・ヨンエ扮する将校ソフィーは、証言の食い違う複雑な事件を調べるうちに意外な真実を知る
イ・ヨンエ扮する将校ソフィーは、証言の食い違う複雑な事件を調べるうちに意外な真実を知る

(C) myungfilm2000

分断状態にある韓国と北朝鮮の関係を描いた名作として、多くのパロディやオマージュの源となってきた『JSA』。韓国社会を知るための1本としても外すことのできない作品だ。

文=佐藤結

佐藤結●映画ライター。韓国映画やドキュメンタリーを中心に執筆。「キネマ旬報」「韓流ぴあ」「月刊TVnavi」などの雑誌や劇場用パンフレットに寄稿している。共著に「『テレビは見ない』というけれど エンタメコンテンツをフェミニムズ・ジェンダーから読む」(青弓社)がある。

この記事の全ての画像を見る

放送情報

JSA
放送日時:2022年12月8日(木)6:00~、12日(月)19:00~
チャンネル:ザ・シネマ
※放送スケジュールは変更になる場合があります

詳しくはこちら

キャンペーンバナー

関連記事

関連記事

記事の画像

記事に関するワード