
――2002年結成で、2014年にTHE MANZAIで認定漫才師に選出。約20年間の芸能活動をどう評価していますか?
福田「運がいいのかなと思っています。普通ならやめていると思うんですけど、なんか続けてられていますね」
伊藤「芸人って普通浮き沈みがあると思うんですけど、それがあまりないなと。一番程遠いはずの安定を手にしていますね(笑)」
――やはり舞台があったのが大きかったんでしょうか?
伊藤「ありがたいことにそれもありますし、2人とも東京出身なので、何かを捨てて来ているわけでもないですし、それで続けてこられました」
――確かにそれはありますよね。デビュー当初はどんな芸人になりたいと思っていたんでしょうか?
福田「東京出身だと芸人さんをあまり知らなくて、テレビに出ている芸人さんしか知りませんでした。NSC時代にM-1が始まったんですけど、僕はナインティナインさんとかテレビの有名人が出てくると思っていました。だから、知っている芸人さんがキングコングさんやおぎやはぎさん、DonDokoDonさんくらいしかいなくて、こういう大会なんだと驚きましたね」
伊藤「僕は始めた当初はお笑いもよくわかってなくて、ネタもわかっていなかったです。芸人さんもダウンタウンさんやナイナイさん、とんねるずさんくらいしか知りませんでしたね」
――では、先輩を見てどんどん芸人に近づいていった感じなんですかね?
福田「それもそうですし、劇場ですね。ルミネ(ルミネtheよしもと)しかなかったので、どんどんこなして、ランクアップしていく感覚でした。当時はよくわかっていなくて、ルミネのランクで一番上にいったらテレビに出られるのかなと思っていましたね」

――芸人としてターニングポイントとなった出来事はありましたか?
福田「5、6年目で始まった配信番組の『AGE AGE LIVE』ですかね。その影響で人気が出て給料も上がったんですよ。今の若手と比べると全然大したことはないですけど、当時の僕らからしたら大きかったです。ただ、それが良かったか悪かったかは微妙ですね。若手は家賃も安いところに住んでいたので、毎日飲み歩いたりできちゃう。そこから何も努力していないんじゃないかなって説はあります(笑)」
伊藤「『AGE AGE LIVE』が始まって仕事感が出てきたというか、芸人という仕事をしているんだという気持ちになりました」
――今の若手は全く別というか、毎日飲み歩くみたいな話は聞かない気がします。
福田「今はいないんじゃないですかね。たとえば、ダイタクは飲むし、ギャンブルもやるけど、お笑いに関してはめちゃくちゃ真面目なんですよ。僕らの時代は舞台の時間以外でお笑いのことを考えるやつなんていなかったですから」
伊藤「確かにね(笑)。今の若手が『AGE AGE LIVE』を見て一番びっくりしていたのが、全員私服で出ていること。当時、スーツで漫才やる芸人はいなかったんですよ。私服でぷらっと出て漫才やって帰るみたいな感覚で、今とはお笑いに対する向き合い方が違うなと思いますね」
――今後の意気込みを教えてください!
福田「やっぱりこういうライブ(八門遁甲)をやって、自分たちで実現に向けてやっていくことが一番かなと。今までは『こういうのをやってダメだったら恥ずかしい』と気持ちがあったんですけど、今年は自分たちで自分たちを追い込んでいきたいです。
伊藤「確かに今まで『これ目指してます』みたいなのは口に出してこなかったので、今年はTHE SECONDに向けて頑張っていきたい。THE SECONDはお客さん票で決まる大会なので、お客さんの意見を大事にしていきたいなと思います」
取材・文=まっつ





