壮絶な演技で過酷な心情を描き出す木村多江に圧倒される!映画「ぐるりのこと。」

(C)2008『ぐるりのこと。』プロデューサーズ

しかし、時が経ち――2人が暮らす部屋には、白木の位牌が置かれていた。2人が望んだ新しい命が失われてしまった時を境に、翔子の様子が少しずつおかしくなっていく。会社では鳴っている電話も取らず、机にこぼしたお茶で無心に何かを書いていたり、家では洗濯物を畳む手を止め、目に涙をためて位牌を見たり。いわゆるうつ状態だが、それを表現する木村の演技は壮絶と言うほかない。

引っ越しの後に友人と家で酒を飲むシーンでは、突然現れたクモを殺そうとする友人たちを絶叫して止め、「家グモはいいものなんだから殺さないで」と早口で口走ったり、産婦人科を訪れたシーンでは呼吸をしているのか心配になるほど影が薄く感じられたり。会社が開催したイベントで心の糸が切れ、書店の中をさまようシーンなどは、コントロールできない何かが翔子の心の中で膨れ上がっている様子が手に取るように伝わってくる。

そんな翔子の救いとなったのは、夫のカナオの存在だった。カナオは子供のように泣きじゃくる翔子に寄り添い、優しい声で言葉をかけ、あくまで翔子と一緒にいようとする。このシーンは2人の想いと心に響くセリフが散りばめられた名シーンで、最後の「クモのお墓」のセリフはふざけているように聞こえるが、翔子に心から寄り添おうとしているカナオの気持ちが十二分に現れているように思う。

温かな幸せから重苦しいうつ状態、そして回復まで、落差のある翔子の心の状態を痛いほどに伝えてくる木村の演技力には圧倒されるばかりだし、それを支えるカナオを演じたリリーの演技にも心を打たれる。もっと言えば、仲睦まじい2人は本当の夫婦のように見え、共に苦しみを乗り越えてゆく姿もまた、心が繋がった本当の夫婦のようだった。

木村は本作で第32回日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を始め、数々の映画賞を受賞している。その演技力はもちろん、「薄幸な役が似合う」と言われていた木村が温かな時間の中で見せる笑顔を、本作でじっくりと楽しんでほしい。

文=堀慎二郎

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放送情報【スカパー!】

ぐるりのこと。
放送日時:2023年12月10日(日)18:00~

「ぐるりのこと。」製作15周年記念 木村多江×リリー・フランキー×橋口亮輔 特別座談会
放送日時:2023年12月29日(金)19:45~
チャンネル:衛星劇場
※放送スケジュールは変更になる場合がございます

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