月組全国ツアー「ブラック・ジャック 危険な賭け」(2022年)は、1994年に花組大劇場公演で初演されたものの再演である。
漫画「ブラック・ジャック」を原作としつつ、そのあらすじはタカラヅカのオリジナルだ。物語の舞台は1980年代、かつて英国領だった南米のとある国だ。この国の女王の命を救ったことで一躍名を馳せたブラック・ジャックが、英国情報部のアイリス中尉から、ある依頼を受ける。彼女は、かつてブラック・ジャックが想いを寄せた女性・如月恵によく似ていた。
アイリスの頼みは、恋人ケインの手術をして欲しいというものだった。ケインもかつては優秀な情報部員だったが、アイリスの命を救った時に受けた傷の後遺症のため、英国情報部の仕事を続けられなくなり、今はブックメーカー(賭け屋)として、やさぐれた日々を送っていた。だが、そのケインが、暗躍する武器ブローカーの企みに巻き込まれていく...。
今回の月組版「ブラック・ジャック 危険な賭け」で特筆すべきは、やはり月組トップスター・月城かなと演じるブラック・ジャックが醸し出す独特の魅力だろう。漫画やアニメ、ゲームを原作とする舞台作品においては、ビジュアルも含めて「原作のキャラクターにいかに寄せて演じるか」が第一に問われることが多い。ところが、月城ブラック・ジャックは「原作キャラに寄せる」だけではない、ブラック・ジャックという「役」を自分なりに解釈して、演じているように見える。
月城ブラック・ジャックから強く感じたのは、「命の尊さ」を伝える説得力と、医師としての徹底したプロ意識である。ブラック・ジャックというとクールな印象があるが、月城ブラック・ジャックは一見クールな表情の奥底に熱い炎をたぎらせているようだった。
血の通った温かみという意味では、今回、アイリス(海乃美月)とケイン(風間柚乃)のカップルにもそれを強く感じた。英国情報部員という二人の特殊な職業も、ケインの病状も、まったく身近なものではないのに、二人はごく身近にいるカップルに見えた。「好きだからこそ、苦境に立たされた男の世話を焼き過ぎてしまう女」と「女の思いはわかっていても、それを疎ましく感じてしまう男」の、よくあるすれ違いが身につまされた。
つまり今回の月組版は、アイリスとケインの等身大の愛の物語だった。そして、ブラック・ジャックは、あくまでプロの医師としての介入者である。要所要所で繰り出される二人へのアドバイスは的確で、ブラック・ジャック先生はケインの身体だけではなく、二人の心も治療したのではないかとさえ思えてくる。
漫画やアニメ、ゲームを原作とする「2.5次元舞台」と言われるジャンルの進化と多様化の中で、タカラヅカもまた、漫画やアニメを原作とする舞台の上演を重ねてきた。その経験値を活かしつつ、「タカラヅカだからできること」を再認識して生み出されたのが、今回の月組バージョンのようである。それは、「タカラヅカらしさ」に原点回帰しつつ、原作漫画の世界観も尊重した、進化したタカラヅカ版「ブラック・ジャック」である。そこで息づくブラック・ジャック先生は、原作から抜け出たようでありながら、確かな人間味にあふれている。
文=中本千晶
放送情報【スカパー!】
ブラック・ジャック 危険な賭け ('22年月組・全国ツアー)
放送日時:7月1日(月)18:30~ほか
放送チャンネル:TAKARAZUKA SKY STAGE
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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