儀助のキャラクターには長塚と重なる部分が多く、物語の中でごく自然にリアルな佇まいで存在している。理知的に穏やかに人生の最期を迎えようとしていたはずの老人の人間臭さも生々しく表現。映画さながらに現実と虚構の狭間で、円熟した演技を披露した。

そんな儀助を取り巻く人物にも、存在感を放つキャストが起用された。大学教授時代の教え子である鷹司靖子役に瀧内公美、儀助を先生のように慕う大学生・菅井歩美役に河合優実と、注目の実力派がキャスティングされている。現在放送中の連続テレビ小説「あんぱん」で、瀧内はヒロイン・のぶの女子師範学校時代の教師・黒井役、河合はのぶの妹・蘭子役を務め、印象的な演技を見せたが、さらにのぶの夫・次郎役で話題となった中島歩もこの「敵」に出演している。

長塚だけでなく彼らもまた、モノクロームの映像と相性の良さを発揮。脇を固める俳優陣も確かな演技と存在感で、映画の独特な世界観をより多角的に作り上げる一端を担っている。

穏やかな日常を脅かす"敵"とはいったい何なのか。物語は後半から転調し、夢と現実、時に悪夢まで交錯させながら老年の男の"人生最期の戦い"が綴られていく。主演の長塚が、彼に刺激を受けた俳優陣とともに、筒井ワールドをリアルに体感する新たな名作を作り上げた。

文＝中川菜都美