
撮影:宮川舞子
作品の舞台は昭和30年代。テレビがお茶の間に広がり、映画がその黄金期を終えつつあった時代だ。
晩年を迎えた"先生"こと小田は、新作の撮影を始めたものの調子が出ない。娘のように可愛がる食堂の看板娘・幸子(芳根)の婚約の報告を受けるが、調子は上がらず遅々として撮影は進まない。そんな状況に、脚本家の野崎(升毅)や名女優・谷葉子(柚希礼音)も心配顔だ。みんなの前では粋な振る舞いをする小田だったが、「これが最後の1本になるかもしれない」――内心ではひどく混乱していた。

撮影:宮川舞子
中井が小津監督への敬意と愛を込めて臨む芝居は、まず、その内側から滲み出るような温かさが印象的だ。落ち着いた人間味のある語り口、自然体でありながら静謐かつ重厚な存在感にも惹きつけられる。
劇団M.O.P.の看板女優として知られたキムラ緑子扮する元芸者・花江を筆頭に、戦争未亡人・和美(土居志央梨)、銀座のホステス・千代(藤谷理子)ら、"幻想"の女たちに翻弄されるシーンは、コミカルでシュールな演技が可笑しみたっぷり。全編を通して、映画作りへの情熱と、どこか物悲しい男の哀愁が漂う円熟味の増した芝居が絶品だ。

撮影:宮川舞子

撮影:宮川舞子
芳根が演じる幸子は、朗らかで愛らしく、周囲を明るく照らす太陽のような娘。誰からも慕われる、芳根自身とも重なる魅力的なキャラクターを、純粋無垢で芯の通った演技で体現している。小田が「娘にして、心の恋人だ」と幸子に笑いかけるのも大いに納得だ。
幸子と小田のシーンは、本物の父娘のような距離感が、ふとした仕草や眼差し、セリフから滲む。2人の穏やかで柔らかなやり取り、小田から向けられる少し不器用な優しさがじんわりと観客の胸を温める。さらに、小田の"相棒"的な脚本家・野崎を抑揚の効いた芝居で魅せる升や、気高さを放つ女優・谷役で華を添えた柚希、小田の"古女房"ともいうべき存在の元芸者・花江役を阿吽の呼吸で演じ切ったキムラ緑子ら、実力派俳優たちとの見応えある掛け合いも舞台に奥行きとユーモアを与えている。

撮影:宮川舞子
映画を愛した一人の男と、それを取り巻く人々――昭和という時代を舞台に、中井貴一ら名優たちが織り成す繊細な演技のアンサンブルをぜひ堪能してほしい。
文=川倉由起子
放送情報【スカパー!】
パルコ・プロデュース2025「先生の背中~ある映画監督の幻影的回想録~」
放送日時:2025年9月28日(日)19:30~
チャンネル:衛星劇場
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