
⒞2015『マエストロ』制作委員会⒞さそうあきら/双葉社
物語の冒頭、香坂はバイオリンを持って、朽ちかけた工場を訪れる。その工場が再結成コンサートの練習場になるらしく、仲間たちも集まっていた。香坂は引き続きコンマスを務めることになるが、名前も知らない天道が指揮者と知った時には「僕らの音楽をやるだけですよ」と言い、冗談めかして「指揮者はオーケストラの敵」とまで言う。
そういったシーンからは、香坂が皆から信頼を得ていると同時に、プロとしてのプライドをしっかりと持っていることを感じられる。練習が始まると、皆の音がいまひとつのようで、バイオリンを弾きながら違和感を覚えているような表情を見せたりもしており、音に対して真剣な音楽家を真摯に演じている。
しかし、天道が現れてから、少し様子が変わる。天道は破天荒な男で、下品な言葉を連発したり、タクトの代わりに金槌を振り回したり、指揮者とは思えない言動で香坂らを翻弄する。無茶なところがある一方で、天道の指導は的を射ていて、楽団の音は少しずつ良くなっていく。そんな状況の中で香坂は天道と団員の間で板挟みになり、皆の文句を戸惑うような様子で聞いているが、音がまとまっていくことを実感し、驚く。口数はあまり多くないが、松坂は状況に合わせた香坂の心情をしっかりと演技で伝えている。
■松坂の演技から伝わる、主人公の音楽家としての生き様
物語が進むと松坂は、バイオリニストだった亡き父から教わった「天籟(てんらい)」の音を意識するようになる。本作における「天籟」とは、"音のない音"であり、宇宙そのものが響き合うような音のことだ。
父との記憶やあまねの過去、そして父と天道との関係など、さまざまな要素が絡み合う中で、香坂も少しずつ違う表情を見せるようになる。曲中でのバイオリンの見せ場で、天道の指揮に気を払いながらも自分の中から音を出しているような表情になったり、あまねが想いを込めて吹いたフルートを呆然として聴き入ったり、その直後に刺すような視線でバイオリンを構えたり...。そういった表情の中には、音を何よりも大切にする姿勢や、本当に良い音を求める真剣さが見て取れるし、そこに香坂のバイオリニストとしての生き様が感じ取れる。松坂の演技が人物を深め、それによって本作はより感慨深い作品になっていると言えるだろう。
果たして中央交響楽団の再結成コンサートは成功するのか。「天籟」の音は聴けるのか。松坂はもちろん、西田やmiwaの演技、細部まで充実した演奏をじっくりと味わいながら観てほしい作品だ。
文=堀慎二郎
放送情報【スカパー!】
マエストロ!
放送日時:2025年10月2日(木)8:30~、10月17日(金)20:45~
チャンネル:衛星劇場
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