AKB48のエースとして多くのファンを魅了し、卒業後は女優としてさまざまな役を演じている前田敦子。プライベートで結婚、出産を経て、さらなる演技の幅の広がりが期待できる前田が、"女優"としての存在感を十二分に発揮した作品が2013年公開の映画『クロユリ団地』だ。MOND TVでは6月3日(月)に同作を放送。
同作は、映画『リング』、映画『仄暗い水の底から』などハリウッドでリメーク作品が製作されるほどの人気作を生み出したジャパニーズホラーの第一人者、中田秀夫監督が手掛けたホラー作品で、AKB48卒業後初となる主演(成宮寛貴とダブル主演)映画となった前田は、クロユリ団地にすむ霊に憑りつかれてしまう二宮明日香を熱演。
劇中では、冒頭の長回しのカメラワークで二宮家の温かさを表現すると共に、後半で明かされる明日香の過去とつながる"ちょっとした違和感"で恐怖感をにじませるなどの中田監督の演出が見る者を作品の世界に引き込んでいくのだが、そんな中で前田の演技が料理でいう"下味"のように効いている。
明日香はいわゆる温かい4人家族の長女で、しっかり者の姉。団地内の公園で一人で遊ぶ少年・ミノル(田中奏生)に声を掛けるなど優しい性格。そんな彼女が日々の暮らしで起こる異変を怪しみ始めるのだが、前田はホラー映画お決まりの"早過ぎる『違和感』への察知"ではなく、『疑問』に留まるところから徐々に自然と『違和感』へと変化していく"恐怖感の成り立ち"を細やかに表現。その演技があまりにも自然なため目立つことはないのだが、その"下味"なくしては見る者を作品の世界に浸らせることはできないほどの効果を生み出している。
さらに特筆すべきは、明日香はホラー物の専売特許である悲鳴をほぼ上げないのだ。「やめてー!」といった絶叫はあるが、いわゆる「キャー!」という悲鳴はほぼない。主人公が抱く恐怖感を表現するには悲鳴は王道の手法であるし、観客に及ぼす効果もそれなりにある。観客を怖がらせるだけでいいならその手法は効果的であるといえるだろう。
だが、人が日常で本当の恐怖を感じた時はどうだろうか? 「キャー!」と高らかに叫ぶのか、それとも声を出せなくなってしまうのか。前田は恐怖にあてられた時のリアクションを後者の表現の仕方で演じることで、明日香の持つ優しさや過去からくる弱さなどと連動させて明日香の人間性にまで息を吹き込んでいる。
そこが同作を、ただのホラー作品ではなくホラーというジャンルの中で"人間"を描く作品へと昇華させているのだ。前田が"怪現象に恐怖を感じる主人公"ではなく"二宮明日香という一人の人間"を演じ切ることで、非現実な世界にリアリティーをもたらしているといえよう。
また、クライマックスに近づくにつれ霊に憑りつかれた明日香の変貌ぶりにも「一人の人間を演じる」という信念が垣間見える。
もちろん脚本にもあるのだろうが、明日香は憑りつかれたことで自身も別人のように変わってしまうわけではなく、例えるなら新興宗教に盲信してしまったような変化を見せる。それは、根っこに"二宮明日香という人物がある"とした上での変化で、人間性や性格などは役の芯として残している。
ゾンビになったり悪霊そのものになったりという「ミイラ取りがミイラになる」のではなく、あくまで一人の人間を演じ続けた前田の女優としての底知れないポテンシャルを存分に味わってみてはいかがだろうか。
一度味わうと、もう一度味わいたくなる魅惑の味であること請け合いだ。
文=原田健
放送情報
クロユリ団地
放送日時:2019年6月3日(月) 23:00~
チャンネル名:MONDO TV
※放送スケジュールは変更になる場合がございます
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