前田敦子の女優としての魅力「カメレオン性」をひもとく

2020年をもって所属していた事務所から独立し、2021年より新たな道を歩み始めた前田敦子。前田は、2005年からAKB48のエースとしてグループの一時代を築き、AKB48卒業、そして結婚・出産と、アイドル・女優だけでなく一人の女性としても、ものすごいスピードで駆け抜けてきた。彼女が独立を発表した際の「これから1つ1つ身の丈に合った歩幅で歩いていけたらと思います」という文言がなにより速いスピード感で"駆け抜けてきた"ことを物語っているだろう。

前田といえば、"AKB48のエース"としてアイドルのイメージが強い中で、卒業後、見事な演技力でそのイメージを刷新。押しも押されもせぬ女優としてのポジションを確立した。そんな彼女の、女優としての魅力はいわゆる"カメレオン性"にある。

演じる役によってさまざまな顔を見せる役者たちは「カメレオン俳優・カメレオン女優」と称されるが、前田もその中の1人だといえよう。私見のためもちろん賛否もあるだろうが、ひとまず映画「もらとりあむタマ子」を観てみてほしい。

(C) 2013『もらとりあむタマ子』製作委員会

同作は、大学を卒業した後に就職もせず実家で自堕落な生活を送るタマ子(前田)が、やがて小さな一歩を踏み出すまでを、秋から夏までの四季を通して描いたもの。2月15日(月)にMONDO TVで放送される。

この作品で前田は女優としての新境地を見せているといっても過言ではない。父親が一人暮らしをする実家で、家事を手伝うこともなく就職活動もせず、ただただ食べて、寝て、マンガを読むタマ子を演じる前田は「素なのでは?」と思ってしまうほど画に馴染んでおり、古く小さな家屋の散らかった部屋の中で何の違和感もなく存在しているのだ。

例えば、冒頭約10分の間にせりふは二言くらいで、ただダラダラとした生活が描かれるのだが、観る者に全く長さを感じさせない説得力がある。もちろん山下敦弘監督が描き出す空気感やカット割りの少ない演出で表すゆったりと流れる時間の効果もあるのだが、タマ子の一挙手一投足に"張り"が欠如しているからこそ逆に人間味があって観ていられるのだ。

自分とは別の人間を演じるというのは、やはりどこか「こうしよう」「こう演じよう」という意識的なものが混在し、それが"張り"となって垣間見えてしまう。だが、前田演じるタマ子にはそれがなく、「自堕落」を表現するためのアイテムであるボサボサの髪も、だらしなく着た部屋着も、お菓子の食べかすでさえも、一歩間違えば"印象付け"のために使われてわざとらしさを感じてしまうようなもの全てが、人間味を表す説得力の増幅剤として働いている。

(C) 2013『もらとりあむタマ子』製作委員会

前田の"張り"のない芝居の細かいところに言及すると、瞳の奥に映る諦めや無力感だったり、気の抜けた歩き方だったり、数少ない父親との会話の端々に見受けられる父親に対するわずらわしさなどが挙げられるのだが、これら全てを混合して「自堕落」さを表現している。さらに圧巻なのは、その奥に抑え込んだ「やりたいことが見つからない閉塞感」「どうしていいか分からない憂鬱感」「自分のペースを守りたい思い」といった若者ならではの感情を垣間見せることでタマ子という役に血を通わせているところだ。

これまで前田が演じてきた数え切れないないほどの役の中でもタマ子は特異な役で、数ある役柄の特徴をつなぎ合わせて演じる役柄ではなく、根本的な芯の部分を構築することでしか表現できない難役といえよう。そんな難役を素と見まごうほどに瑞々しく演じられるのは、彼女が役の根っこの部分から成り切れる"カメレオン性"を持ち合わせているからに他ならない。

(C) 2013『もらとりあむタマ子』製作委員会

くしくも、仕事のやりがいを実感して噛みしめられるよう、自分のペースで仕事をするために独立した今の前田とタマ子はとても類似しているし、これからタマ子のように自分のタイミング、自分のペースで進んでいってくれるであろう前田の、"カメレオン性"あふれる演技に触れてみてほしい。

文=原田健

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放送情報

もらとりあむタマ子
放送日時:2021年2月15日(月)23:00~
チャンネル:MONDO TV
※放送スケジュールは変更になる場合があります

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