3月に第1子を出産し、2020年2月には出産後初となる連続ドラマ主演が決まるなど、今後の活躍に目が離せない前田敦子。AKB48の卒業発表や電撃結婚発表など、芸能活動やプライベートでファンをきりきり舞いにしてきた彼女が、演じる役でも観客をきりきり舞いにしている作品が映画『セブンスコード』(2013年)だ。本作が、衛星劇場で11月9日(土)に放送される。
ロシアのウラジオストクを舞台に、1人の男を追い掛けて異国に流れ着いた主人公を巡る不可思議な物語。前田は、鈴木亮平扮する松永を追い掛けてウラジオストクにやってくるヒロイン、秋子を演じている。
あらすじから、男女の恋愛ストーリーかと思いきや、裏切りと波乱の展開、驚きのラストに思わず何度も「え!?」と声が出てしまう内容で、あっという間に終わった感覚に陥り必ずもう1度観たくなる作品だ。
そんな劇中でのミスリードの要となっているのが前田の圧巻の演技力だろう。
「走る車を、スーツケースを引きながら走って追い掛ける秋子」というシーンから始まる物語は、車に追い付いた秋子が「松永さん!」と車から降りて来た松永に声を掛けるところからスタートする。しかし、松永は「君は...?どこかで会ったっけ?」と、秋子のことを全く覚えていない。
観客が「わざわざロシアまで追い掛けてくる女性を覚えていないなんて、どういうことだろう?」と気を引かれたところで、秋子の「六本木の裏ですれ違って、松永さん私を食事に誘ってくれました。ひと月前です」という台詞。この場面で、最初の「え!?」という驚きと共に、少し背筋が凍る人も少なくないだろう。台詞の内容もそうだが、何より秋子の松永を見つめる真剣な眼差しが、その効果を後押ししている。「一瞬しか会っていないのに、こんな所まで追い掛けて来てしまって...」というような恐縮した感情がないのだ。
その後、松永が「確かに声を掛けたけど、君は友人と一緒にいたし、僕もお酒が入っていたから。でも、下心があったわけじゃないよ。日本人だからこれで済んだけど、外国では絶対に他人を信じちゃだめだ」と優しく諭して秋子から離れるが、秋子はまたも車を追い掛け疾走。再び車に追い付き松永にすがる。ここまでくると、もうストーカーの狂気性まで感じ始め、瞬きも忘れるほどに物語に引き込まれてしまっている。
さらに、松永が消えた建物に入るため窓から侵入するなど、秋子の行動は常軌を逸していく。建物内に入るも、どうやら裏社会の人間のアジトだったらしくすぐに見つかり、布袋を頭から被せられてトラックで運ばれ海辺に捨てられてしまう。
怒とうの展開だが、秋子は信念に満ちた表情で、他人の目を気にしていない"目的達成に執着するあまり周りが見えていない"状態となっており、観る者の怖さに拍車がかかる。いわゆる「ヤバイ奴」なのである。こういった「ヤバイ奴」の"ヤバさ"は、その人物が自分の行動に正当性を感じており非常識さを認知していないところだが、前田はその"ヤバさ"を十二分に表現。「正当性を感じているよ」と観る者に伝えるような芝居ではなく、正当性うんぬんは考えていない「ただそう思っている」といった感じで、表情ではなく目で芝居をしているからこそリアリティがある。
現実世界の日常では独りで居る時、表情が変わるほどの感情の揺れ動きは実際にはそれほどはない。それと同様に、独りのシーンでは表情に動きがない方が、よりリアルだ。もちろん創作世界なのだから、観る者に伝えるために"表情で感情を伝える"という要素は必要だ。だがその一方で、リアルさとは一線を画す"芝居っぽさ"は拭い去れない。
エンターテインメントに究極のリアルを求めること自体ナンセンスなのだが、この作品での前田の芝居は、ことごとくリアルなのである。表情ではなく目が一瞬の感情や思考を表しており、「前田自身もそういうストーカーっぽい一面があるのでは?」とまで思えてくる。だからこそ、怖ろしい。
布袋から顔を出した秋子の目も、「九死に一生を得た」とか「怖かった」といったニュアンスはなく、「はい。じゃあ、これからどうしよう」というような目で、冷静さが感じられる。それでいて、感情を廃した機械的なものではないところに前田の演技力の奥深さがある。
秋子のストーカー的狂気性が続く中、物語は驚きの展開を迎え、秋子が松永に執着する理由や数々の常軌を逸した行動の説明が一気になされ、1番大きな「え!?」を口にすることになる。それと同時に、この大いなる裏切りを成立させたのは、前田の究極のリアルさで魅せた演技力であることに気づかされるだろう。
隠された秘密が明かされてからの展開もさることながら、思わずそう思わされてしまうミスリードに誘う前田の目の芝居に注目してみてほしい。
文=原田健
放送情報
セブンスコード
放送情報:2019年11月9日(土)15:00~
チャンネル:衛星劇場
※放送スケジュールは変更になる場合がございます。
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