昨年、花組全国ツアーで上演された『哀しみのコルドバ』が、タカラヅカ・スカイ・ステージにお目見えする。これまで何度も再演されてきた柴田侑宏の名作だ。物語の舞台は19世紀末のスペイン。エリオ・サルバドールは花形闘牛士として人々の注目を一身に集め、約束された栄達の道を歩んでいた。ところが、マドリードの名士リカルド・ロメロの夜会で、初恋の女性エバと再会したことが、彼の運命を大きく変えていく。
初演は1985年星組、エリオ役は峰さを理であった。1995年には花組トップスター安寿ミラのさよなら公演として上演される。この公演期間中に阪神淡路大震災が起き、公演中断を余儀なくされた後、劇場飛天(現在の梅田芸術劇場メインホール)にて再開されたことも忘れがたいできごとだ。
その後、2009年の花組全国ツアー(真飛聖主演)、2015年の雪組全国ツアー(早霧せいな主演)と再演が重ねられた。
そして今回、花形闘牛士エリオを演じるのが柚香光である。2020年1月東京国際フォーラム公演『DANCE OLYMPIA』より花組トップスターに就任し、大劇場お披露目公演『はいからさんが通る』では、まるで漫画から抜け出てきたような伊集院少尉を見せた。端正で現代的な容貌と繊細なお芝居、そしてダンスにも定評があるが、現在、東京宝塚劇場にて上演中の『巡礼の年〜リスト・フェレンツ、魂の彷徨〜』では、ピアノの魔術師リスト役としてピアノ生演奏まで披露している。
その柚香が演じる闘牛士エリオは、登場シーンからまさに「グラン・エリオ」のたたずまいだが、揺れる心情をきめ細やかに演じてみせる。流れるような一挙一動にも目が釘付けだ。やはりこの役は踊れる人がやるとその魅力がいっそう引き立つ。
ヒロインのエバを演じるのが、この公演より宙組から花組に組替え、トップ娘役となった星風まどかだ。大人の女性の部分と少女のような純粋さを併せ持っていないといけない難しい役だが、宙組でトップ娘役としてのキャリアを積んできた星風にはハマり役だった。柚香・星風の新トップコンビが、道ならぬ恋の物語をどう見せるかも、この作品の見どころのひとつである。
エリオの前に立ちはだかる恋敵、リカルド・ロメロ役は永久輝せあが演じる。今回の再演では、演出を担当した樫畑亜依子氏のたっての希望で、エバがエリオを追ってコルドバに発つ直前に、ロメロがエバにプロポーズする場面が追加されているが、今回ロメロを演じた永久輝にはしっくり来る改変だと思う。ラストシーン、ただひとり全てを理解しているロメロの表情も見逃せない。
このほか、エリオの婚約者アンフェリータに音くり寿。エバの登場により複雑な立場に立たされる女性だが、健気さの中に強さをのぞかせる。アンフェリータを一途に思うフェリーペを優波慧、アンフェリータの父親であり、師としてエリオを見守るアントン・ナバロを和海 しょうが演じる。
また、エリオと対照的な道を歩む闘牛士仲間のビセント・ロペスには聖乃あすか。その恋人メリッサに春妃うらら、メリッサの夫セバスチャン伯爵には一之瀬航季。エリオとかかわるキャラクターたちの、人間味あふれる生き様からも目が離せない。
味わい深い台詞の一言一言が寺田瀧雄の楽曲とともに心に染み入り、やるせなくも美しい世界観に魅了される。名作を今の時代に即して深く咀嚼してみせたキャスト・スタッフの作り込みの賜物である。
文=中本千晶
放送情報
『哀しみのコルドバ』 ('21年花組・全国ツアー)
放送日時:2022年8月7日(日)21:00~ほか
チャンネル:TAKARAZUKA SKY STAGE
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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