コロナ禍以降初めての、宝塚歌劇による博多座公演となった『川霧の橋』が、タカラヅカ・スカイ・ステージに登場する。『川霧の橋』は、山本周五郎の小説『柳橋物語』『ひとでなし』を題材とした作品だ。江戸時代、隅田川近くで大工を営む杉田屋には、前途を期待される3人の若者がいた。次期棟梁に選ばれたが、密かに想うお光になかなか気持ちを打ち明けられない幸次郎、その幸次郎を妬み、袂を分つ清吉、そして、大店の娘・お組への叶わぬ恋心を胸に秘める半次...そこに襲った江戸の大火が、彼らの運命を大きく変えていく。
1990年に月組トップコンビ剣幸・こだま愛のサヨナラ公演として上演され、大好評を博した作品である。脚本は柴田侑宏だ。再演が待望されていた作品だけに、演出を担当した小柳奈穂子は、柴田がつくりあげた初演の世界を忠実に甦らせることにこだわったという。それでも、新キャストの個性により、令和の『川霧の橋』へと新鮮に生まれ変わった印象だ。
また、この公演は月組の新トップコンビ月城かなと・海乃美月のプレお披露目でもあった。月城かなとは、端正な容貌とリアルで地に足のついたお芝居に定評のある男役である。10月9日に東京宝塚劇場にて千秋楽を迎えた『グレート・ギャツビー』のギャツビー役では、トップスターとしての大劇場主演2作目とは思えぬ円熟味を感じさせた。
その月城が演じる幸次郎は、お光への真っ直ぐでブレない想いが清々しい。初演の剣幸は、男役の集大成としての温かく人間味あふれる幸次郎をつくり上げていたが、月城かなとの突き抜けるように潔い幸次郎も魅力的だ。
逆に、物語が進む中で一番変わっていくのが、ヒロインのお光である。「恋に恋する」初心な娘が、苦い経験を重ねながら本当の愛とはどういうものなのかを知っていく過程を、新トップ娘役となった海乃美月がきめ細やかに演じてみせる。
お光の祖父、源六(光月るう)の一言が、物語を意外な方向に導いていく。枯れて萎びて、それでもなお残された力を振り絞って気丈に振る舞うこの老人は、物語のキーパーソンである。幸次郎への嫉妬心、不条理な世の中への反発だけを原動力に生きる清吉(暁千星)の存在もまた、幸次郎とお光の運命を狂わせる。暁にとっては挑戦の役どころだ。
何があってもブレずに真っ直ぐ生きる幸次郎と、苦難を乗り越えながら大人の女性へと成長していくお光。そんな2人のラストシーンは、宝塚屈指の名場面となっている。
対照的に、どこまでいっても気持ちが交わらない哀しい2人が、半次(鳳月杏)とお組(天紫珠李)である。
鳳月演じる半次は、穏やかで控え目な振る舞いのうちに見え隠れする、お組への一途な恋情が切ない。大火を境に身を落としてしまうお組は、どこまで堕ちてもお嬢さまの誇りを失わない。そのお組に殉じるような半次の決断が、主人公カップルとの陰影を浮かび上がらせる。
粋で華やかな幕開けから、世話物の情緒あふれる世界へと一気に引き込まれる。威勢のいい杉太郎(蓮つかさ)、おどけ者の千代松(柊木絢斗)などの愉快な大工仲間、頼れる鳶の辰吉(英かおと)、小狡い飛脚の権二郎(春海ゆう)、粋な芸妓の小りん(晴音アキ)など舞台のあちこちで息づく人たちにも目を向けたい作品だ。
副題の「江戸切絵」が言い得て妙である。江戸の下町の個性あふれる人たちの生き様、恋模様の明暗が織り成す、まさに一枚の切絵のような舞台だった。
文=中本千晶
放送情報
川霧の橋(’21年月組・博多座)
放送日時:2022年11月6日(日)21:00~ほか
チャンネル:TAKARAZUKA SKY STAGE
※放送スケジュールは変更になる場合があります
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